19
戦えることが、ここまで嬉しいと思ったのはいつぶりだろうか。
『……ということでして、お力を貸して頂けますか? ニック様』
今日も留守番を命じられ、ルナとメリーに慰められていたニックにマリアは言った。
『え、何だって?』
〈めぱー?〉
『お話した通りですわ。今回の敵はかなり厄介な相手でして、貴方の力が必要なのです』
『え、いや……そう言われても私は身体が』
『それなら問題ありません』
突然の話で困惑するニックにマリアは影の縄で動きを封じた男を差し出す。
『これを貴方の身体として使ってくださいませ』
『これって……』
『むーっ! むーっ!』
『好きに使ってくれて構いませんわ。以前と違ってこれは死体ですので。腕が飛ぼうが、足が飛ぼうが、臓腑を巻き散らそうがオールオッケーですわ』
『むーっ!!』
マリアは優しい笑顔でそう言った。
当然、ニックは更に困惑する。死体が何故動いているのか。涙を滲ませた男の眼差しはどう見ても心ある生者のものだ。少なくともニックには生きた人間との区別が全くつかなかった。
『い、いや……でも』
『……ニック君、行ってくれる? ドリーが貴方を必要としているの』
『ルナ……?』
『貴方を呼ぶということは、今回の相手は余程の強敵だと言うことよ。貴方の力は強過ぎるから、今までドリーは貴方を頼れなかったの』
ルナは戸惑うニックを抱き上げ、その瞳をじっと見つめる。
『勇者の力は特別な時、特別な相手に。貴方は気づけなかったかも知れないけど、ニック君は私達の切り札なのよ』
果たしてそれは本心からの言葉だったのか。
『だから……お願いしてもいいかしら?』
不貞腐れ気味だった彼を言いくるめる為の甘言だった可能性もある。だが、ルナが優しい声で言い放った言葉でニックの心は燃え上がった。
『……そうだな、勇者の力は! 特別な相手に!!』
時は戻り、場所は12番街区上空。マリアから与えられた新しい身体で大剣を振り上げ、ニックは万感の想いを込めて言う。
『嬉しいものだな! 誰かに頼りにされるのは!!』
勇者の大剣を構え直し、ニックは再びマカトウルマを攻撃する。
『ジャッジメント・ブレーイド!』
聖なる光を纏った斬撃は大蛇の顔を真っ二つに切り裂いた。
《ぎょおあああああああああああああっ!》
頭を両断されたマカトウルマは断末魔の叫びを上げる。
『ジャッジメント・ブレーイド!!』
《ぎょあっ!》
既に今の斬撃で致命傷を与えたが、ニックは更に追い討ちの斬撃を放つ。
『ジャッジメント・ブレイド! ジャッジメント・ブレイド! ジャッジメント・ブレイド! ジャッジメント・ブレイド! ジャッジメン・ブレェ───イ!!』
久々の戦いに余程興奮していたのかニックは必殺の斬撃を乱れ撃ち、マカトウルマの頭から尻尾までをピーラーで削ぎ落とす野菜の皮のようにスライスしていく。
《……》
『あっ、ごめん! やり過ぎた!』
マカトウルマは何とも切なげな視線をニックに向けた後、空中で全身が裂けて絶命。12番街区に緑色の血の雨が降った。
「わー、スゴーイ。流石はニック君ね」
「か、感心してる場合じゃねーですよぉおー!?」
目を輝かせてニックを称賛するドロシーにデイジーは物申す。
マカトウルマの攻撃でドロシー達を乗せた鎧竜は変身が解けて墜落し、槍のように尖った高層ビルの先端に引っかかっていた。
「このままじゃ落ちて全員死んじゃうよ! さっきから車が嫌な音立ててるしぃー!」
ビルの先端に引っかかる車のバンパーに三人の命が託されているという危機的状況。デイジーはもう泣き喚くしかなかった。
「大丈夫よ、デイジーちゃん。自分を信じてもう一度異能力を発動して」
「いや、これはもうオレの力でもどうしようもないって! 完全にスクラップだよ!」
「何事も諦めないことが大事ですよ、デイジー様。簡単に諦める癖がついてはいつまで経っても幸せになれませんよ? まだ若く美しいのに嘆かわしい」
「うるせーよ! そういう執事さんはどうなん」
逆さまでぶら下がる老執事にデイジーが突っかかろうとした瞬間にバンパーが外れ、ドロシー達は地上に落下していく。
「うわあああああーっ!」
「デイジーちゃん。落ち着いて異能力を使ってー」
「お、落ち着いてってぇー! 落ち着けるかァァー!」
「じゃないと僕達死んじゃうよー? 後でスコット君に抱き締めて貰うんじゃないの?」
「うううっ!?」
「今日もデイジーちゃんはすごく頑張ったんだから。スコット君はいっぱい褒めてくれるよー」
高高度から落下しているというのにドロシーは涼しい顔で言う。
「ぅうわああああーん!」
ドロシーの言葉でスコットの凛々しい姿がフラッシュバックしたデイジーは泣きながら座席シートに手を当てて異能力を発動。殆どスクラップと化していた車は彼らを包み込むように黒い玉子状の姿に変形し、底部分に形成された噴射口から青い光を吐き出して落下のスピードを相殺していく。
ブシュウウウウッ!
地上十数mの地点までくると落下スピードは完全に殺され、黒い卵はゆっくりと地面に降り立ってパカッと割れた。
「エクセレントよ、デイジーちゃん。やっぱり貴女も最高ね」
「流石です、デイジー様」
「……どう、いたしまして……はぷぅ」
デイジーは口から青白い魂のようなものを吐き出して座席シートに倒れる。気絶したデイジーの頭を優しく撫で、ドロシーは黒い卵の外に降りた。
「さて、これで終わりだといいんだけど……」
『うおおおおおおおっ!』
「あ、ニック君。お疲れ様ー!」
目の前にニックを乗せたマカトウルマの一部が落ちてくる。落下の衝撃で死体との合体が解除され、ニックはゴロゴロとドロシーの足元に転がった。
「あいたたた……っ」
「やっぱり勇者様は格が違うのね。好きになっちゃいそうー」
「ふおっ!?」
ドロシーはニックを拾い上げてお礼代わりのキスをする。久しぶりにドロシーにキスをされてニックの顔は真っ赤になった。
「な、ななっ!? 何をするんだ!?」
「ほんのお礼よ、気にしないで」
「き、気にしないでって……」
「ところで、スコット君達を見なかった? 車の屋根に乗ってたんだけど、化け物の攻撃で僕達と引き離されちゃって」
「ええっ!?」
ドロシーはニックを抱きながら周囲を見回し、マカトウルマの攻撃で離れ離れになったスコット達の姿を探した。
「あ、あれじゃないか!? あの空を飛んでる羽の生えた人影!」
「あれはマリアね。アルマとブリジットも一緒みたいだけど……スコット君は?」
ドロシーにはスコットがあの怪物に噛み砕かれる瞬間が見えていなかったのだ……