18
これが真の勇者の力だ!
「あぶない! 伏せてっ!!」
「はわっ!?」
マカトウルマの身体が青い燐光を帯び、眩く輝き出したのを見てドロシーはデイジーを押し倒す。
────ザキュンッ。
その直後に巨大な光の刃が頭上を掠め、鎧尖竜の身体を切り裂いた。
「っ!」
「はうわああああっ!?」
デイジーの手が離れた事で異能力が解除され、鎧竜は変身が解けて地上に落下していく。
「おわあああっ!?」
「んぎゃああっ!?」
背中に乗っていたスコット達も車両から切り離されて空中に放り出される。
「くっそ……! 滅茶苦茶だ、アイツ!!」
スコットは悪魔の翼を生やし、ドロシーを乗せたまま落下する車を追いかける。
「社長ーっ!」
「気をつけろ、非童貞!」
《ぎょおおおおおおっ!!》
「うおあっ!?」
マカトウルマは車に気を取られたスコットを強襲。大きく口を開いて彼らを噛み砕かんとするが、スコットは咄嗟に翼を腕に変化させてそれを防いだ。
《ごううううるるるるっ!》
「ぐぎぎぎ……っ!!」
下顎の牙と牙の間に足を入れ、閉じてくる上顎を悪魔の腕で支えて踏ん張る。
スコットの両腕はアルマとブリジットを抱えているので使えず、その上マカトウルマの顎の力は悪魔の腕を上回っておりじわじわと上から押し潰されていく。
「ぐおおおおっ!」
「だ、大丈夫か、非童貞!」
「だから、俺はスコットです! 次に非童貞って言うと頭突きしますよ!?」
《ごおおおおっ!》
「うぐあっ!」
中々潰れないスコットに業を煮やしたマカトウルマは頭を激しく振り回す。凄まじい顎の力に圧されていることに加えて上下左右に揺さぶられてスコットは苦しむ。
「んぐああーっ!」
「ぐぅ……!」
「ぐ、ぐぐぐっ! こうなったら……! アルマさん達だけでも……!!」
〈ギチャアアアッ!〉
「!?」
マカトルマの喉奥から寄生虫が飛び出す。不意をつかれたスコットはなすすべもなく肩に毒牙を突き立てられてしまった。
「ぐあああっ!」
「てめっ、このクズ虫があっ!」
〈ギャッ!〉
「ぐううううっ!」
アルマは急いで虫を引き剥がして捻り潰すが、今の負傷でスコットの身体から一気に力が抜けていく。
「くっそ……これくらいで……!」
「おい、しっかりしろ! 非童貞! 非童貞!!」
「……ああ、もう! だからさぁー!!」
「んぎゃっ!?」
スコットはこの期に及んで『非童貞』と呼ぶアルマに頭突きし、その目を睨みつけて言う。
「俺は、スコットです!」
「……あ、うん」
「……忘れんなよ? もしこれでも忘れたり、間違えたりしたら……!」
両腕に残された力を振り絞り、アルマとブリジットを空中に思い切り放り投げる。
「朝日が登るまで、ひいひいと泣かせてやるからな……!」
そんな殺し文句をアルマに残し、スコットはマカトウルマの大顎に押し潰された。
「非童貞────ッ!!」
……そこまで言ってもスコットの切なる訴えは届かず、アルマは彼を非童貞と呼んだ。
「ち、畜生! 畜生っ! あのバカヤロー! 年下のくせに、ガキのくせにカッコつけやがって……!!」
「……」
「おい、おい! 牛女! いい加減にシャキっとしろ! ここで寝てる場合じゃねえぞ!!」
その身を犠牲に自分達を救ったスコットにアルマは涙し、湧き上がる激情を堪えながら同じく空に放り出されたブリジットに手を伸ばす。
「……スコット、は……」
「うるせー! いいから手を出せ! このままじゃ死んじまうぞ!!」
「……っ」
ブリジットも辛うじて動く手をアルマに向かって伸ばす。アルマはバタバタと空中を泳いで彼女の手を掴み、離れないようにギュッと抱きしめる。
「あーっ、クソーッ! 今日は本当に嫌な日だーっ! やってらんねえーっ!!」
《ぎょおおおおおおおおおおおおおおおおっ!》
しかしマカトウルマはアルマ達も逃がすつもりはなく、スコットの血で染まった牙をぎらつかせながら二人に迫る。
「ち、ちくしょーっ! 武器さえあればお前なんかーっ!!」
「……」
「ううううーッ! ドリーちゃん、ごめぇぇぇぇぇんっ!!」
万策尽きた。手元に武器はなく、両手は塞がり、空も飛べない。
スコットの命を賭けた行動も彼女達の最後をほんの少し先延ばししただけだった。アルマは悔しさのあまり歯を食いしばり、悔し涙が滲んだ赤い瞳をギュッと瞑った。
「……うふふ、そんな可愛らしい顔も出来たのですね。今のアル様はとっても素敵ですわよ?」
暗闇の中で聞こえた優しくも冷たい声。驚いてパッと目を開けると、マリアが満面の笑みで此方の顔を覗き込んでいた。
「うおおおっ!? マ、マリアーッ!?」
「お迎えが遅れて申し訳ございません」
「何だよ、マリア! 今までどこ行ってたんだよ!?」
「うふふ、お嬢様にお願いされたのです。ある寂しがり屋な坊やをここまで連れてきてちょうだいと」
大きな黒いコウモリの羽を生やしたマリアはアルマ達をキャッチし、マカトウルマの突進を間一髪で回避する。
《ぎょおおおおおおおおおおっ!》
二人を食いそびれたマカトウルマはすぐに向きを変え、今度はマリアを含めた三人の美しい餌を狙って空を泳ぐ。
『おいおい、駄目だぞ。お前はもう彼女達に嫌われているのがわからないのか?』
そんな執念深い大蛇に誰かが声をかける。
『確かに彼女達は美しいよ。私の世界でもあれ程の美人は滅多にいない』
《ぎょおおおおっ!》
『それでもハッキリと言おう……お前には釣り合わないさ!』
突然、大きな眼球の前に現れた人物。煌めく白銀の鎧を纏い、その腕に大剣を携えた彼は双眸を輝かせながら叫ぶ。
『ジャッジメント……ブレェェェェェェ────イド!』
振り下ろされた大剣はマカトウルマの眼球を両断し、更にそのまま大蛇の顔半分を切り裂いた。
《ぎょあああああああああああああああああああああっ!》
右目ごと顔の右半分を切り裂かれ、マカトウルマは絶叫。深緑の血飛沫を上げながらその巨体を仰け反らせる。
『お前に恨みはないが、久しぶりの出番なんだ! 悪いが派手に暴れさせてもらうよ!!』
現れた異形の重剣士、勇者ニック・スマイリーはマカトウルマの目先に剣を突き刺し、心底嬉しそうに言った。