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「はわわわわっ! 来たあああーっ!」
《ぎょおおおおおおおおん!》
大口を開けて鎧尖竜に迫るマカトウルマにデイジーは慌てふためく。
「もっとスピード上げろ、執事さんーっ!」
「はっはっは、これでも目一杯飛ばしているのですがね」
「じゃあ、社長! 魔法でアイツを吹っ飛ばして!」
「あははー、ごめんね。アイツには魔法が効かないの。無効化するだけならまだいいけど、そのまま跳ね返してくるから僕は逃げるしかないのー」
「あーっ! もう終わりだあああーっ! おしまいだぁぁぁぁーっ!!」
「簡単に諦めないでくれます!? もうこのくらい慣れっこでしょうが!」
大声で泣き喚くデイジーを一喝してスコットは鎧竜のドアを蹴り開ける。
「なっ、何してんだ、スコットォォー!?」
「危ないよ、スコット君! 戻りなさい、何をする気!?」
「このままコイツに乗ってても追いつかれるでしょ! それなら……」
スコットは鎧竜の背中によじ登って再び悪魔の腕を呼び出す。
《ぎょおおおおおおおおっ!》
「アイツは俺が倒します! やるぞ、悪魔!!」
《ぎょおおお、お゛っ!?》
────ザギュンッ!
「!?」
青い悪魔が気合いを入れて拳を合わせた瞬間、マカトウルマの背中から巨大な光の剣が突き出してくる。
「な、なんだぁー!?」
「あれは……ブリジットちゃんの技ね」
「ええっ!? ブリジットさんの!? 何で!?」
「……いつの間にか怪物に食べられたってことなんでしょうね。あの大技が出せるってことはまだ元気みたい。多分だけど、アルマも一緒に居るわね」
ドロシーは大蛇の背中から突き出す光の剣を見て不敵に笑う。
普通であればファミリーが怪物に食べられたと知れば動揺するところだが、やはり彼女は違った。
「……少しは心配してやってくださいよ、社長」
「心配してるよ? でも、無事だとわかったからそれ以上に安心してるだけ」
笑顔でそんなことを言うドロシーに、デイジーは内心ドン引きした……
《ぎょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!》
「このまま……一気に切り裂いてやる!!」
ブリジットは体内までビリビリと響くマカトウルマの悲鳴に顔をしかめつつ、外に突き出した剣を力の限り振り下ろす。
「ぬぅおおおおおおおおおっ!」
光の巨剣はマカトウルマの身体を体内から切り裂いていくが、胴体の5分の1に届くか届かないかという位置で刃がピタリと止まる。
「……っ!?」
「おい、どうした! さっさとぶった切っちまえよ!!」
「う、腕が、動かん……!」
突然ブリジットの身体が痙攣し、光の巨剣もガラスのように砕け散った。
「ぬ、うっ……あっ!」
「!? お、おい、牛女!?」
やがてブリジットは立っていられなくなり、その場に倒れ込んでしまう。
「どうした、牛女!?」
「く……身体が……思うように……!」
「はぁ!? おい、何だよ急に」
ここでアルマはブリジットの首筋に残る噛み跡が毒々しい赤紫色に変色しているのに気づく。
「まさか……毒か!?」
マカトウルマの体内に巣食う虫の牙には強力な毒が備わっていたようで、ブリジットはその毒が全身に回ってしまったのだ。
「ぐ……ぐぐっ!」
「あーもー、まーた動けなくなりやがって! 本当に面倒くさい女だなぁー!?」
「……何故、黒兎は動ける……のだ」
「ああ!? あたしには毒なんて効かねーからだよ! あたしの身体はドリーちゃんと同じで特別だからな!!」
アルマは落ちた剣を咥えてブリジットを担ぎ上げる。
「……こ、こら、勝手に……私の剣を咥えるな……!」
「うるひぇー、らまってろ!」
そしてブリジットが切り裂いた傷孔から外に飛び出し、新鮮な空気を思いっきり吸い込んだ。
「んはーっ! 空気うめーっ……あっ!」
マカトウルマの体内から脱出し、思わず大口を開けたせいでブリジットの大事な剣を落としてしまう……
「ぬぅあっ、あっ!」
ブリジットは最後の力を振り絞りながら手を伸ばして剣をキャッチ。刃を掴んだせいで手が出血するが、毒の影響かあまり痛みは感じなかった。
「き、気をつけろ! これは、わたしの……命より大事なものだぞ!!」
「あはは、悪い悪い! 次からは気をつけるー!!」
《ぎょああああああああっ!》
「うおーっ、すげええーっ! 改めて見るとこれまたでっけーな! はっはっ!」
アルマはマカトウルマの背中に着地し、降りられる場所を探す。
「うーん、ちょーっと高いなー。でも、何とかなるかな! あたしの身体は超丈夫だし!!」
「う、ぐぐ……っ」
「おい、まだ死ぬなよ。牛女には後でたっぷりとお仕置きしてやらなきゃいけねーからな!」
「アルマさぁぁーん!!」
ブリジットの尻をべちべちと叩き、大蛇から飛び降りようとしたところにスコットの声が聞こえてくる。
「あっ、非童貞! どうしたんだ、そんなところで!」
「こっちの台詞ですよ! そんなところで何してるんですか!!」
アルマ達の姿を捉えた鎧竜は二人のところまで接近し、スコットは二人に悪魔の腕を伸ばす。
「はやく掴まってください!」
「あいよー!」
ヴォン……ヴォン……
「ん? 何だ、この音?」
アルマが悪魔の腕に手を触れたのと同時に奇妙な重低音が響き渡る。
「はっ! この音は……!!」
「何だ、知ってんのか!?」
ヴォン、ヴォン、ヴォン……
「くそっ! ちょっと乱暴ですが我慢してくださいよ、アルマさんっ!!」
「うおおっ!?」
音の間隔が短くなるにつれてマカトウルマの身体が青い燐光を帯びて変色していく。スコットは慌てて悪魔の腕でアルマとブリジットを掴み、勢いよく自分の所に引き寄せる。
「ぬあーっ、な、何だよ、いきなりーっ!?」
「う、ぐっ……!?」
「我慢してくださいって! 執事さん、二人をキャッチしました! 急いでここを離れてくださいっ!!」
〈ヴァルヴァルヴァルウウウウーッ!〉
ギュッと二人を抱きしめたスコットが背中を叩いたのを合図に鎧尖竜は猛スピードで離脱する。
《ぎょおおおあああああああああああああああああっ!》
だが、激昂したマカトウルマは『奴らを絶対に逃すまい』と頭部に長大な光の剣を発生させ、逃げる鎧竜を狙って横一閃に刃を振るう。
────ブォンッ!
振り抜かれた光の刃を躱しきれず、スコット達を乗せた鎧尖竜は真っ二つに切り裂かれてしまった。




