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「ぎゃあああああーっ!」
「ぬわあああああーっ!」
襲いかかる虫達を少しでも避けようとアルマとブリジットは必死に身体を揺らす。
〈ギシャアアアアア!〉
「うぎゃあああ! ひっつくな、気持ち悪いいいーっ!!」
抵抗虚しくアルマの太ももとお腹に二匹の虫が張り付き、彼女は耳を逆立ててじたばたと暴れる。
〈ギチギチイイッ!〉
「こ、このっ! 離れろっ!!」
続いて虫がブリジットの左右の乳房に一匹ずつ着地、彼女は慌てて胸を振り回すがしがみついて取れない。
「ぬああああーっ!」
悪漢に胸を触られても動じない彼女も今回ばかりは嫌悪感を顕にし、張り付く虫を剥がそうと必死に胸を揺らした。
「ああああああああああっ!」
〈ギチャッ!〉
「ぐあーっ! ちょっ……ふざけんなよおおおー!?」
そうしているうちに左の胸についていた虫が剥がれ、今度はアルマの平坦な胸にビターンと貼り付く。
「あーっ! あーっ! ひっつくなあああー! やめろー!」
〈ギチギチギチッ!〉
「ぬわわああああっ! いい加減に離れろーっ!」
〈ガブウッ!〉
「いたああああっ! か、噛むなあああーっ!」
〈ガブッ!〉
「ぎゃああああー!」
ついに虫は大口を開けてブリジットとアルマの胸に噛み付く。柔肌に突き立てられた牙から体液を啜られ、あまりの痛みに二人は更に激しく暴れる。
「こ、のぉぉぉーっ!」
〈ギチチチッ!〉
「ぐあああっ、舐めるなあぁぁぁぁーっ!!」
堪忍袋の緒が切れたブリジットは谷間から突き出す剣の柄に噛みつき、一か八かの賭けに出る。
(……使えるか? 剣先はまだ鞘の中だ。上手く発動するかどうか……)
(……だが、このままでは虫共の餌食だ! やるしかない……!!)
この細身の剣が納まる鞘は刀身を保護するだけでなく、魔法剣の暴発を防ぐ安全装置の役割も持つ。刃が納められている間は必殺の魔法剣が使えないのだ。
しかし刀身の殆どはもう鞘から抜かれている。
両手を封じられ、虫達の餌食になろうとしている今はもう安全装置が解除されたことを祈りながら技を使うしかない。
〈ギチイッ!〉
「ぐぎっ……いんふぃにと、ぇすぱーらぁ!!」
胸に続いて首、肩と次々と虫が食らいつき、ブリジットは苦痛を堪えながら魔法剣の発動術式を唱える。
「ちるぎぉてぃーなえぇぇっ!!」
────ギャリンッ!
魔法剣はブリジットの悲鳴にも似た詠唱に応えた。
〈ギチ────〉
ブリジットの周囲に小さな光の刃が現れ、肌の上を滑るように動いて張り付いた虫ごと身体を縛る蔦を切り裂く。
「はぁあああっ!」
自由を取り戻したブリジットは直ぐに剣を鞘から抜き放ち、アルマに輝く剣先を向ける。
「あだだだだーっ! いたーい、いたーい! いたぁぁーい! 死ぬーっ!!」
「じっとしてろ、黒兎!」
ギャリンッ!
ブリジットの召喚した光の刃は風に流される紙吹雪のようにアルマに向かい、彼女の身体に張り付く虫ごと赤い蔦をバラバラに切り裂いた。
「あだあああっ!」
「まだまだ……っ、夢幻剣!」
ブリジットは続けて無数の魔法剣を召喚してアルマに駆け寄る。
地面に落下した彼女を庇うように覆いかぶさり、自分達を取り囲む虫達に鋭い剣先を向け……
「閃滅陣ッ!!」
────ギャンッ!!
召喚した魔法剣を四方八方に一斉射出し、周囲の虫達を一匹残らず殲滅した。
「はぁ……はぁ……」
「……」
「無事か、黒兎……」
傷だらけで息も切らしながらも、ブリジットは凛とした表情でアルマに声をかける。
「……うるせー、余計なお世話だ。さっさとその乳退けろ、揉むぞ」
自分を案じるブリジットにアルマは生意気に吐き捨てた。
「相変わらず口の悪い奴だ」
「うるせー、はやく退け。そもそも、こうなったのは誰のせいだと思ってんだ」
ブリジットは何とも言えない顔で身を退ける。アルマはすぐに起き上がり、噛まれた傷の具合を確かめた。
「あー、いてて……くそー、痕が残らないだろうな。ちくしょー、何なんだよ あの虫共は!」
「知らん。おそらくは私達を飲み込んだ怪物の体内に住み着く寄生虫だろう。こうして飲み込まれた相手に集団で襲い掛かり、その体液を啜って生きているんだ」
「ひっでー生き物だ」
「同感だな」
ふと耳を澄ますとカサカサと虫の足音が聞こえ、そこら中にあの虫達が潜んでいるのがわかった。足音はドンドン近づき、アルマの表情がみるみる引き攣っていく。
「……今すぐおめーをぶん殴りたい気分だが、今は我慢してやる!」
「珍しいな、私もそんな気分だ」
《ぎょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!》
腹の底までビリビリと響く怪物の咆哮を合図に、ブリジットは煌めく剣先を頭上に掲げる。
「……怪物に呑まれる前のことを思い出したのだが、黒兎が勝手に剣を鞘に納めたりしなければここまで酷い目には遭わなかった」
「はぁぁぁぁ────ん!?」
「強いて言えばお前まで一緒に呑まれる必要もなかった」
「お、おま……おまえ……し、死ぬ!? ここで死んじゃうかぁ!? 良いよぉ!? 殺してやんよぉお!? ここの虫さん達の餌にしてやんよぉぉぉー!?」
ここで空気を読めないどころか空気を悪化させる事を言われ、アルマは目を血走らせてブリジットを睨む。
「だが、私はお前に感謝する。お陰で……私は生きる意味を思い出せた。この剣を振るう理由もな」
「はぁ!?」
「ありがとう、アルマ」
しかしアルマを散々怒らせた後にブリジットは感謝の意を伝え、久しぶりに彼女を名前で呼んだ。
「~っ! あー、もーっ! わけわからん! 本当に何なんだよ!?」
「私はブリジットだ」
「そういう意味じゃねえよ!」
「なんだ、フルネームか? 黒兎はもう知っていると思っていたのだが、仕方ない。私はブリジット・エルル・アグラリエル」
「うるせー、もう黙れ! とりあえず外に出たら泣かす!!」
度を越した天然で話が噛み合わないブリジットに苛立たせられ、アルマは顔を真赤にしながら背を向けた。
「……ふふ、好きにしろ」
ブリジットは小さく微笑んだ後、キリッと目つきを変える。
「天上より、裁け────」
ブリジットが静かな声で唱えると、煌めく剣先から巨大な光の刃が出現して肉の天井を突き破る。
「────夢幻剣・天斬!!」
そしてブリジットは美しい水色の瞳を見開き、大蛇の腹の中から天を衝く巨剣を振り下ろした……




