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「!!」
マカトウルマから放たれた赤い稲妻。ドロシーは一目でその威力を見抜き、杖先から魔法弾を放つ。
───パキィィイン!
周囲を眩い閃光と共に硝子が割れるような音が響く。それと同時に赤い稲妻は消失し、ドロシーの魔法も掻き消される。
「なっ!? 何ですか!? 何が起きたんです!?」
「ただの同属魔法の対消滅よ。それにしても面倒ね……あの蛇の化け物に魔法は効かないみたい」
「はい!?」
「それどころかそのまま撃ち返されるわ。気に入らないわねー、もー」
ため息混じりに長杖から焼き切れた術砲杖を排莢する。
「はぁ!? 撃ち返すぅ!?」
「さっきの稲妻は僕の使った魔法と同じものよ。見た目は違うけど構成術式と属性は全く同一。これは推測だけどアイツの身体には魔法の威力をそのままに純粋な破壊エネルギーに変換して」
「俺にもわかる言葉でお願いします!」
「えーとねー」
《ぎょああああああああああああああああっ!》
スコットにもわかるように説明しようとした矢先、マカトウルマがこちらに向かって突進してくる。
「アイツには僕の魔法が効かないわ!」
「オーケー、わかりました!」
マカトウルマの特性に気付いたドロシーは迷わず杖を放棄し、スコットの背後に隠れる。
「じゃあ、俺の出番ですね!」
「うん、遠慮なくぶちのめしなさい!!」
社長から直々に見せ場を与えられたスコットはバシンと手を合わせ、背中から生える青い悪魔の右腕に力を込める。
スコットの背丈程もあった巨腕は更に巨大化し、拳の先には燃え盛るメリケンサックのような突起が迫り出した。
「うぉぉらああああああーっ!!」
悪魔の左腕を地面に突き刺してアンカー代わりにし、スコットは迫り来る大蛇に渾身の右ストレートを叩き込む。
────バゴォン!
悪魔の拳が鼻先に叩き込まれ、マカトウルマはギャンと悲鳴を上げながら打ち上げられる。
「うおああああっ!」
「ふやあああーっ!」
だが、強大な力が激しくぶつかり合った衝撃に地面が耐えきれず、固定した足場がめくれ上がってスコット達も上空に弾き飛ばされてしまった。
「しゃ、社長っ!」
スコットは宙を舞うドロシーを悪魔の腕を伸ばしてキャッチし、自分のところまで引き寄せる。
「大丈夫ですか!?」
「あははー、スコット君がいなかったら死んでたわねー! 命の恩人、感謝永遠にっ!」
「いつも余裕ですね、社長は!」
「余裕ぶってないとやってられないじゃないー」
ドロシーはそう言ってスコットに抱き着く。スコットは柔らかい彼女の感触に心乱されながらも悪魔の腕を翼に変えて羽ばたいた。
「アイツはどうなりました!?」
「えっとね、結構派手に吹っ飛んだけど」
《ぎょおおおおおおおおおおおおっ!》
「まだまだ元気みたいよー」
殴り飛ばされたマカトウルマは鼻先を潰されたが致命傷には至っていない。大きな瞳を血走らせ、キツい一発をくれた生意気な豆粒に向かって再び突進する。
「あーっ! こっちに来るー!」
「くそっ、しっかり掴m」
「はーい、むぎゅっ」
掴まれと言う前にドロシーは更に強く抱き着く。ガッチリと両手足を使ってスコットをホールドし、生意気なボディをこれでもかと押し当てた。
「すみません、もう少し力を緩めてください! ごめんなさい!」
「やだ、絶対に緩めない」
「あーもー! こんな非常時にまで面倒くせーなー!!」
スコットはたまらず顔を赤らめて毒づき、ドロシーを抱きながら飛行する。
《ぎょおおおおおおおおおおおおん!》
「スコット君、もっとスピード上げて! 追いつかれちゃう!!」
あの馬鹿げた巨体に似合わずマカトウルマの動きは俊敏で、周囲の建物を破壊しながらあっという間にスコット達に追いついてしまう。
「これが精一杯ですよ!」
「あーっ! 食べられちゃうーっ!」
「ぬうあああああっ!」
スコットは歯を食いしばりながら空中で急旋回、背後まで迫っていたマカトウルマを間一髪で躱す。
ズゴゴゴゴゴォン!
マカトウルマはそのまま前方の高層ビルに頭から突っ込んでいく。
「はぁっ! ざまーみろ、デカブツ!」
「スコット君、避けて!」
「はいっ!?」
その隙にスコットは大蛇との距離を稼ごうとしたが、マカトウルマが突っ込んだビルから人間大の破片が砲弾のように飛来する。
「うおおおおおっ!」
回避が間に合わないと悟り、すぐに悪魔の翼で破片を防御。破片のダメージこそ防いだがスコットは体勢を崩して地面に落下していく。
「ふやああああーっ!」
「く、くそっ! 滅茶苦茶だ、アイツっ!!」
《ぎょああああああああああああああああっ!》
「げえっ!?」
そこに方向転換したマカトウルマが再び迫る。
「来るよ、スコット君ー!」
「ちょ、ちょっとまってください! 俺はあんまり空を飛ぶのに慣れてなくてですねっ!!」
「スコットォオーッ!!」
「え、何!? 誰……おぶぇっ!?」
自分を呼ぶ声に反応し、空中で動きを止めたスコットの背中に空飛ぶ黒い鉄塊が体当たりしてくる。
「あばはああああーっ!」
「ああーっ!?」
《ぎょおおおおおおおおおおおおおおおっ!》
スコットは鉄塊に撥ねられながらも悪魔の腕でしがみつく。鉄塊はマカトウルマの突進をひらりと回避し、ブースターで加速しながら空高く上昇していく。
〈ヴァルォオオオオオオオオオン!〉
「おっ、おっ!? おおおっ!?」
「おや、失礼。わざとではありませんよ」
吼える鉄塊からひょっこりと顔を出し、老執事は涼しい顔で謝罪した。
「あっ! アーサー!」
「お待たせいたしました、お嬢様。さぁ、早く中へお入りください」
「え、何これ!? 俺は何に掴まってるの!?」
「【鎧尖竜】だよ! もう忘れたのか!? オレの異能力で執事さんの車を改造してんの!!」
「デ、デイジーさん!?」
「いいからさっさと乗れ、バカ! 振り落とされても知らねーぞ!?」
後部ドアを蹴り開けてデイジーは半泣きで叫ぶ。
〈ヴォルルルルルルルッ!〉
この先鋭的でスタイリッシュな鉄塊はデイジーの異能力で変化した老執事の車だ。
もはや元の車両が判別不可能なまでに黒く刺々しい姿へと変貌し、時折唸り声のような音を出しながら12番街区上空を高速で飛行。その姿は正に鎧を纏った黒き竜と呼ぶべき猛々しいものだった。
「じゃ、じゃあ、先に社長が入ってください!」
「僕はもう少しこのままでも」
「いいから!」
スコットはやや強引にドロシーを中に入れ、チラリと後方を確認してから鉄塊の内部に乗り込んだ。
「ありがとう、デイジーちゃん。助かったわ」
「どーも! ご無事で何より!」
「あ、ありがとうございます! デイジーさ」
「うるせー、バカー! 本気で感謝してるなら後で抱きしめろボケー!」
「えっ、あっはい!」
「お嬢様、シートベルトをお締めください。少し飛ばしますので」
老執事がアクセルを踏み込むと鎧竜は更に加速、青い光の軌跡を残して曇天の空を駆け抜ける。
《ぎょおおおおおおおおおおおおおおおっ!》
「それでぇー! どうするんですか、あんな化け物ー!?」
「うーん、どうしようかなー。スコット君はどうすればいいと思う?」
「知りませんよ!」
雄叫びを上げながら執拗に追いかけてくるマカトウルマを見つめ、ドロシーは『あはは』と困ったように笑った。