13
決して相手を責めない優しいお姉さんの鑑。
「あらあら、随分と派手な手品ですこと」
そして時は戻り、マリアは蘇生させた黒フードをバイクに乗せて何処かに向かっていた。
《ぎょおおおおおおおおおおっ!》
「なるほど、あれもエボラなんとかという神様の力ですね。空間を操る能力の応用で異世界の生き物を呼び出したと」
「あ、あれは……マカトウルマ! 馬鹿な、あの怪物を呼び出すなんて……!!」
空飛ぶ鎧蛇を見て黒フードは激しく動揺し、顔中に汗を滲ませる。
「デボラ様はこの世界を滅ぼすおつもりか!?」
「何を驚いてるの? 貴方達はそのリスクを承知で彼を呼び出したのでしょう?」
「そ、それは……」
「目的の為に手段を選ばなかった結果がこれです。今更後悔しないでくださいませ。そもそも死人の貴方に後悔なんて贅沢な悩みは必要ないでしょう?」
マリアは意地悪に笑いながら黒フードに言う。
「……俺は、元の世界に帰りたかっただけだ」
「貴方に殺された人の中にもそう願う人は居たでしょうね」
「……仕方ないじゃないか! 誰もまともに話を聞いてくれなかったんだ! 俺達は何度も訴えかけたのに!」
「そう言う貴方は殺した人の話をまともに聞いたの?」
「……本当は、俺だってあんな化け物に頼りたくなかった! でも、そうするしかなかったんだ!」
「わかりますわ。貴方に殺された人も死ぬ寸前には悪魔を頼ったでしょうね。どうか助けてくださいと」
黒フードが口を開くたびにマリアはこれ以上ない皮肉で返していく。
「……」
「別に貴方を責めるつもりはありませんわよ? 私も同じ立場ならそうしたでしょうし、いざという時の人間様の行動力を私は心から尊敬しています。ですので、貴方も胸を張ってあの世で自慢してくださいませ」
「……自慢? 誰に……」
「死んだ貴方の友達と、いつか死ぬ貴方の妹に『僕は精一杯頑張りました』とね。もっとも、その場には貴方が殺した方々も居るでしょうけど」
「……っ」
「うふふふっ」
マリアが言い放った言葉に黒フードは絶句し、そんな彼の反応にマリアはまた愉快げに笑った。
「今日の予報だと異界門の発生率は10%未満だったのにねー」
場所は変わって黒フード集団の拠点から程近い大道路。怪物が現れた大穴を見つめてドロシーは呟く。
「でも異界門とよく似てるけど違うものみたいだね。穴が黒くないし、渦巻き雲から変化したから……あれがエボラナントカ神の力なんだろうね」
「異界の神様はやることが派手ですね」
「わかりやすく派手なことをしてくれる分、こっちの神様より好感が持てるわね」
「さっきの黒フード達に言ったのと逆のこと言ってません?」
「皮肉は相手によって使い分けるものだよ」
ドロシーはそう言いながら魔法杖を大蛇マカトウルマに向け、すーっと息を整える。
「支えは必要ですね、社長」
「別にいいよ、今日は長杖だからいつもの短杖ほど反動は大きくないわ」
「つまり多少なりとも反動があるってことですね」
スコットはドロシーの肩に触れて彼女を支える。
「心配性だね?」
「前の社長が無茶しましたからね」
「僕はそこまで無茶なことしないよ」
「信用できませんね」
ドロシーはくすっと笑い、わざとらしくスコットにもたれかかりながら杖を構える。杖先には赤く発光する巨大な魔法陣が現れ……
「信用してよ、恋人だよ?」
その言葉と共に、赤い稲妻を纏った強力な魔法弾が放たれる。
────ゴゴォォォン!
マカトウルマに命中した魔法弾は空気を震わす程の大爆発を起こし、その反動で魔法杖が大きく跳ね上がる。
「わはー!」
「やっぱり反動が凄いじゃないですか! 俺がいなかったら吹っ飛んでますよ!?」
やはりドロシーの言葉は信用ならない。
スコットの支えがあっても後ろに下がる程の反動に、小柄な彼女が耐えられるはずが無い。
「もっと自分を大事にしてくださいよ! そんな調子だから、いつまで経っても皆に嫌われるんですよ!!」
代替わりしても自身へのダメージに無頓着な彼女にスコットは苦言を呈す。
「でも、君は嫌わないでいてくれるでしょ?」
だが、ドロシーは上目遣いでスコットに言う。
全く反省する素振りを見せない彼女にスコットはイラッとさせられた。
「……今ので嫌いになりました」
「え、やだ。嫌わないで?」
「じゃあ、反省してください。それと次は最初から手伝ってと言ってください」
《ぎょおおおおおおおおおおおおーっ!!》
爆炎に巻かれ、空で巨体をくねらせながらマカトウルマがドロシー達を睨む。
ブゥン……ブゥン……ブゥン………
奇妙な重低音が鳴り響く。聞き覚えのない音にドロシーは首を傾げ、スコットも何事かと耳を澄ます。
「……? 何ですか、この音?」
ブン……ブン、ブンブン、ブゥン……
「わからないわ。空から聞こえてくるみたいだけど……」
徐々に音の間隔が縮まっていく。ここで悪寒を覚えたドロシーがマカトウルマに視線を戻すと、大蛇の身体は徐々に赤く変色しており、バチバチと赤い稲妻が発生する。
「……まさか!?」
ブン、ブン……ヴゥン!!
ドロシーが気づいた時には、既にマカトウルマは反撃の準備を終えていた。
「スコットくん! ギュッと僕を抱きしめて!」
「はい!?」
「絶対に離さないでよ!?」
急ぎ新しい術砲杖を装填し、ドロシーは杖を構え直す……
───ヴァオッ!!
ドロシーが魔法を放つよりも一歩早く、マカトウルマは極大の赤い稲妻のような怪光線を撃ち返してきた。
ただし相手の心は折れます。




