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「……まぁ、そう簡単に終わらないよね」
何かを察したドロシーが呟くと、土煙の中から機械の触手が突き出してきた。
「うわわっ! 何か来ましたよ!!」
「見ればわかるよ、少し静かにしててスコッツ君」
ドロシーはこちらに伸びてくる触手に狙いを定め、杖から弾丸状の魔法を放って撃ち落とす。
「お見事です、社長」
「終わってもないのに褒めないで。気が散るから」
「失礼致しました」
しかし土煙の中からは次々と触手が伸び、槍のような先端を不気味に煌めかせながら突き出してくる。
「で、出番だぞ! 出番だぞ、悪魔! 出てこい!!」
スコットは背中をバンバン叩きながら悪魔を呼ぶが全く反応がない。
タァーン、タァーン、タァン
「悪魔さぁーん!?」
「あら、どうしたの? スコット君」
「何してんだ、スコット」
「ちょ、ちょっと待っててください! おぉい! お前、こんな時にふざけんなよ!? 出てこいよ!」
タンッ、タンタンッ、タンッ
「おい、いつまで寝てんだよ! 起きろよ! ピンチだって! 俺たち今、大ピンチだって!!」
「スコッツくーん? ちょっと静かにしててー!」
ドロシーは後部座席で喚くスコットを諌めながら触手を迎撃する。
見かねた老執事が急いで車をバックさせるが、そこに撃ち漏らした触手が迫る。
「もー、埒が明かないな。よし、まとめて……あっ」
その時、ドロシーの杖から弾切れを知らせる虚しい音が鳴り響いた。
「ど、どうしました、社長!? 気持ち悪いのがすぐ目の前にっ」
「……ちょっと、ヤバいかもっ!」
「えっ!?」
ドロシーは急いでリロードするが、彼女が狙いを定める前に機械の触手がフロントガラスを突き破ろうとする……
先端がフロントガラスに届く瞬間、分厚いシャッターがガラスを覆って触手を弾いた。
「うわっ……! あ、あれ!?」
「……ナイスよ、デイジーちゃん。助かったわ」
弾かれた触手を魔法で撃ち落とし、ドロシーはデイジーをサムズ・アップで讃えた。
続いて後部ドアが勢いよく開き、バシャバシャと音を立てて変形する。
ドアの表面には鱗のような鋭利なカッターがビッシリと生え、群がる触手に向けて一斉に放たれる。射出されたカッターは機械の触手を容易く切り落とし、怪獣に突き刺さった。
「な、何だ……!?」
フロントガラスを覆っていたシャッターが開くと、土煙の中からゆっくりと起き上がる歪な機械の大蜥蜴の姿が見えた。
「今のは!?」
「ふー、焦ったぁ……寿命が縮んだよ」
「流石ね、デイジー。やっぱり貴方の能力も凄いわ」
スコットがふと隣を見ると、デイジーが緑色に輝く右腕を車の天井に当てて意識を集中させていた。
「で、デイジーさん?」
「静かにしてろ、スコット。オレは今、集中してるんだよ!」
彼の触れる部分から淡い光の筋が天井全体を覆うように走り、それに呼応しているかのように車はその姿を大きく変える。
特徴的な丸みを帯びた長大なボンネットは甲冑を思わせる先鋭的な姿に変形し、なだらかなリア周辺には二又に裂けたドラゴンの尾にも見える蛇腹状のブレードが形成される。
「こ、これは……」
「そう、これがデイジーちゃんの異能力。この子は機械を自由自在に操る操作系の能力が使えるの。自分の手足のように動かしたり、その形状を瞬時に変化させたり……とにかく何でも出来ちゃうね」
瞬く間に黒塗りの高級車は四つの鋭い眼光で相手を睨みつけながら猛スピードで後退る機械の鎧竜の如き姿に変身した。
「機械相手に限れば、僕たち魔法使いよりも万能よ」
怪獣からある程度距離を置いた所で老執事はブレーキを踏んで停車させる。
「うわわあああっ!」
ぷにょんっ
「ど、何処に顔埋めてるんだスコッ……っうぉわっ!」
ぽよよんっ
「あら……ふふふ、いらっしゃいデイジー」
急ブレーキで体勢を崩したスコットはデイジーの胸に顔を埋め、そのせいで体勢を崩したデイジーがルナの胸元に倒れ込む。
「わ、わわわわわ! ごめんなさい、デイジーさん!!」
「ご、ごごごごめんなさい、ルナさん! わ、わざとじゃっ……!!」
「いいのよ、気にしないで」
「あははは、後ろは楽しそうねー」
「全然、楽しくないですよ!」
「こっ、こらぁ! どこ触ってるんだスコット! オレは男だぞ!?」
「すみません! すみません! すみません!!」
揉みくちゃになった後部座席組を愉快げに見つめた後、ドロシーは老執事に声をかける。
「それじゃあ、アーサー。飛ばしなさい」
「仰せのままに」
ドロシーの命を受け、老執事はアクセルを思い切り踏み込む。
>ヴァルルルルルルォォォォオオオン<
咆哮にも似たエンジン音を轟かせ、二振りのブレードを振り翳しながら鎧竜は怪獣に向かって突進した。
〈ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアー!!!〉
大きく体を損傷させながらも怪獣は咆哮し、全身から触手を伸ばして漆黒の鎧竜を捻り潰さんと猛進する。
「いいよー、このままスピードを上げて突っ込んでー!」
「ちょ、ちょちょちょっ! 突っ込んでどうするんですか、社長ー!?」
「決まってるでしょ、あのゲテモノをやっつけるのー!」
「はぁ!? ちょ、ちょっと待っ」
「あははははは、おっ先にーっ!!」
疾走する鎧竜を追い越し、アルマは黒刀を携えて笑いながら突撃していく。
「え、あの人……車より速く走れるんですか……」
「今更だね」
「アルマは凄く足が速いの、車くらいなら簡単に追い越せるわ」
「今更過ぎるぞ、スコット。アル姐さん舐めんな。てか邪魔だから退いてろ、うまくコイツを操れないだろ」
「す、すいません……」
迫りくる触手を容易く魔法で撃ち落とすドロシー、神業的な運転技術を見せる老執事、どんな状況でも余裕を崩さないルナ、走行中の車を瞬時に魔改造するデイジー、車よりも速く走れる上に怪獣相手に笑顔で接近戦を挑むアルマ……
そんな人外達に囲まれ、スコットは肩身を狭くしながら強く思った。
やっぱりこの人達にはついていけねえや……と。
個人的に紅茶に一番合うお菓子はビッグサンダーチョコだと思っています。