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彼女達にヒロインらしいピンチを求めるのは間違いよ!
「くそーっ! このっ、放せコラーっ!」
「ぐっぐぐっ、力が入らん……!」
吸魔の縛鎖に拘束されたアルマとブリジットは生贄の間に運ばれ、今まさに異郷の神に捧げられようとしていた。
「この異世界人のせいで大きな犠牲を払った……だが、彼らの死は決して無駄ではない。この異界の血を以てデボラ様は」
「あーっ! どうしかしろ、牛女! こういう時こそあのビュンビュン剣の出番だろ!?」
「う、うるさい! 力が吸い取られて思うように動けんのだ! そういう黒兎こそ、いつもの馬鹿力はどうした!?」
「バカって言うな! あたしは牛女ほどバカじゃねー! あたしも力が入らないから言ってんだよ、バカ!」
「くっ、肝心な時に! やはり私一人で来るべきだった!」
鎖に力が吸われて抵抗もままならず、目の前にはナイフを手にした魔法使い。更に自分達が生贄になればこの場に強大な力を持った神が召喚されてしまうという非常事態……
「あぁん!? 牛女だけで何が出来るんだよ!!」
「ううっ、申し訳ありませんマスター! 足でまといがついて来たばかりに! 私一人ならどうとでもなったのに!!」
「おまっ、おまああああっ! マジでぶち殺されてえのかーッ!?」
それなのに二人は口喧嘩を始め、黒フード達の悲願成就ムードをぶち壊しにしていた。
「……もういい、死ね!」
ここで我慢の限界が訪れたリーダー格の黒フードが血で染まったナイフを振り上げる。
「あーっ! やだーっ、コイツより先に死んでたまるかあー!!」
「ぬわああっ!?」
アルマは力の限りブリジットの鎖を引き寄せ、ナイフの刃先が彼女に刺さるように誘導……
「さ、させるかあああっ!」
「んぎゃーっ!?」
だが、既のところでブリジットは全力で反対側に向かって転がる。
アルマはブリジットの鎖を掴んでいたのが災いしてそのまま引っ張られてしまい、黒い刃先は自分に迫った。
「んぐあああーっ!」
「ぐおおっ!?」
アルマは最後の抵抗とばかりに辛うじて動く足で黒フードの脛を蹴る。足を取られた男はそのまま二人の間にバターンと倒れ込んだ。
「ぐおっ、き、貴様ら……!」
「今だァー!」
「領主様、私に力をーっ!」
「ぐあああああああっ!!」
丁度よく間のスペースに収まった黒フードを二人は全身全霊を込めた転がり体当たりで挟み潰す。
「かかったな、うらあああああっ! ぶっ潰れよおおぉぉぉぉーっ!」
ゴリゴリゴリゴリッ!
「動きを封じた程度で勝ったつもりになるな! この命ある限り! 私は貴様らの大敵だと思えぇぇぇー!!」
ゴキゴギゴキゴキッ!
「あぎゃああああああああああっ!」
リーダー格の男は二人を縛る鎖に容赦なく身体を潰される。
まさか二人を縛る筈の鎖が、自分にトドメを刺すえげつない凶器になるとは思いもしなかっただろう。
「あああっ! コモォォォン!」
「ぐわああああああ!」
「おのれ、異世界人! もう許さん、魔法で消し飛ばしてやるっ!!」
「アバッ!」
パキンッ。
黒フードのリーダー、コモンの大事な骨が儚い音を立てて折れたのと同時に二人を縛る鎖が解かれる。
「……はっ!」
「ふうっ!」
身体の自由を取り戻すと同時に反撃開始。アルマは直様起き上がって突撃し、ブリジットは手にした魔法剣を生き残った黒フード達に向ける。
「くたばれっ!」
「夢幻剣!」
アルマの蹴りが黒フードの顔面を潰すのと、光の剣が胸を貫くのは殆ど同時だった。
「ぐぶおっ!」
「ゲハッ……あっ!」
「ぐえっ!」
最後に残った三人も魔法を使う前に倒れ、生贄の間には二人の美しい生贄だけが残された。
「あー! スッキリしたー!」
「……これで今日もこの世界は救われました。領主様、見ていてくださいましたか?」
「さて……覚悟はいいか? 牛女!」
アルマはポキポキと拳を鳴らしながらブリジットを睨む。
「む、何だ黒兎」
「惚けんな、ボケ! 酷い目にあっただろうが! どう責任とってくれんだよ、ああーん!?」
「……ん?」
「んじゃねーよ!?」
ブリジットは本気でアルマが何に怒っているのか理解できない風に首を傾げる。
「何の話だ、黒兎」
「牛女のせいで死にかけたんだ! 責任取って殴られろ!!」
「何の話かわからんな。それに死にかけたのは私の方だ。黒兎のせいで危うくナイフが突き立てられるところだった」
「はぁーん!?」
「だが、もうそれも不問としよう。私は黒兎と違い精神的にも成熟している。戦いが終わったならば剣を納め、些細な恨みも忘れる。それが誇り高い騎士の生き方だ」
「お、お……おま、おま……」
先程までの憎まれ口は何処へやら。ブリジットは剣を鞘にしまい、アルマに向かってそんな事を言う。
「このっ、おまっ……マジに……あーっ! あーっ! あーっ! マジで嫌い! いつか絶対にその乳もいでやるぅぅー!」
そんな彼女の態度に本気で怒るのも馬鹿らしくなり、アルマも地団駄を踏みながら心を落ち着かせる。
「くっそー! 本当に何なんだよ! どんな精神してんだよ!」
「騎士道精神だ」
「ざけんな! 騎士道に謝れ!」
「? 私がその騎士道を修めし騎士だが? 大丈夫か、黒うさ……」
ブリジットはふとこの部屋に漂う異様な気配に気づき、そっと剣の柄に手をつける。
「黒うさってなんだ! また変な名前つけんなよ!」
「……黒兎」
「ああん、何だ!? 馴れ馴れしい!」
「そこから離れろ、巻き込むぞ」
「……!!」
ブリジットの言葉でアルマもようやく自分の背後に迫る何かの存在に気づく。
〈くっ、くふふ、くふふふふ……〉
「なっ!?」
〈くふふふふふっ〉
いつの間にか床に出来ていた血溜まりの中から赤黒い影の塊が現れ、二人を見つめながらニカッと不気味に笑った。