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お察しの通り彼女のヒロイン力は全ヒロイン中トップです。
「うー……ん、頭痛てぇ……」
12番街区の新居でデイジーが目を覚ます。
「誰だよぅ、朝からバンバン爆音鳴らしながって……近所迷惑考えろよー……」
目深く被ったシーツから這い出し、散らかったテーブルに置いた飲みかけの缶飲料をグイッと飲み干す。
「あー……目覚め悪いっ! やっぱり12番街区も大して変わんねえな! もっと良いところに引っ越さないと!」
パンツ一枚の刺激的な格好でバシバシと顔を叩き、家賃の安さで妥協した自分に喝を入れて洗面所に向かう。
「うーん、でもあんまり社長の世話になるのも気が引けるし。どうしたもんかね……ん?」
しかしドアを開けた瞬間にある筈の床が無くなり、デイジーは目を丸めながら落下。
「はわああああーっ!?」
真下にあった柔らかい何かがクッション代わりとなり、結構な高さから落ちたものの怪我一つ負わずに済んだ。
「はわわ……な、なんだよぉ! ビックリしたぁ……」
半泣きになりながらデイジーは立ち上がる。周囲を見回すと建物の壁には大穴が空き、そこら中に破片や残骸が散乱して殆ど廃墟同然という有様だった。
「……ああ、どおりでうるさいと思った……」
引っ越して早々新居が自分の寝ていた部屋以外壊滅。運がいいのか悪いのか判断に困る展開にデイジーはぐすんと涙ぐむ。
「ううー……畜生ー! せめて上着羽織っておくんだったぁ……肌寒いよぉ……ん?」
ふと足元に伝うひんやり冷たい感触。足裏を確認すると、誰かの血で真っ赤に染まっていた。
「ひええっ!? 血、血ぃーっ!?」
驚いて後退るデイジーの目に壁の破片に潰されたアザラシに似た大男の死体が飛び込んでくる。
「はぎゃああああああーっ!?」
彼の命を救ったクッションは、突然の不幸で命を散らせたアザラシ男だったのだ。
「いやああああーっ!」
まだ死体慣れしていないデイジーはパニックになって逃げ出す。
「あああああーっ!!」
本能的に目の前に空いていた大穴から飛び出すと、そこは12番街区の大通り。パニックに陥ったデイジーはトップレスのまま外に出て……
プップーッ!
「はぎゃああああああっ!?」
黒い高級車に轢かれそうになった。
運転手は即座にハンドルを切ってブレーキを踏み、車はギリギリでデイジーを躱してドリフトしながら停車する。
「あーっ! あーっ! やだーっ! 死にたくなーい!」
「……おや、デイジー様。どうしたのですか」
「ああーっ! あーっ!!」
「あー、デイジーちゃん! どうしたの、こんなところで!」
「………あっ?」
「デ、デイジーさん!? 裸じゃないですか! 何があったんですか!?」
車からはスコットが慌てて飛び出し、ジャンパーを脱いでサッと彼に着せる。
「ふぇ……スコットォ?」
「なんて格好してるんですか! 誰かに襲われたんですか!?」
「うううっ、スコットォー!」
スコットの顔を見て安心したデイジーは泣きながら彼に抱き着いた。
「ほわあああっ!? ちょっとデイジーさぁぁん!?」
「うえええっ、怖かったよぉぉーっ!」
「お、落ち着いて! もう大丈夫だから落ち着いてください! 鼻水付いてますから!」
「う、ううっ、ごめん、ごめんよ。あー、怖かった……」
「本当に何があったんですか?」
「お、オレもよく分かんねえ。気がついたら住んでたアパートがめちゃくちゃになってて、死体が目の前にあって……それで……ああっ!?」
こ落ち着きを取り戻したデイジーはようやく自分のはしたない格好を思い出し、バッと胸を隠す。
「お、お前! 何見てんだよ、あっち向けよぉ!」
「えっ、あっ!? すみません! わざとじゃっ!」
「デイジーちゃんも車に乗りなさい。その格好だと風邪引いちゃうわ」
「あ、社長!? なんでここに!?」
「僕が聞きたいくらいだけどね。スコッツ君、デイジーちゃんを車までエスコートしてあげて」
「あっ、はい……」
デイジーもメンバーに加えて黒塗りの高級車は走り出す。
「この辺でそんな物騒な事件が起きてたなんて……」
「デイジーちゃんも危なかったかも知れないね。無事で良かったよ」
「と、ところでその、黒フードの奴らはどうなりました? もうやっつけたんですか?」
座る場所が無いのでマリアの膝上に乗せられているビルは恐る恐る彼女に聞く。
「うふふ、少し面倒なことになっていますわね」
「面倒なこと?」
「例えばどんな感じに?」
「アル様もブリジットさんも仲良く捕まってしまいました」
「ナンデ!?」
涼しい顔でマリアは言う。当然、スコットは突っかかった。
「あらー、捕まっちゃったのね」
「なんで捕まってんですか、あの人達!?」
「獅子奮迅の大活躍だったのですが、油断したところに卑怯な不意打ちを受けて呆気なく……」
「おやおや、困りましたな。それでは予定を変更して救出に向かいますか?」
「ええ、急いで助けに向かった方が良いと思います。このままでは二人共生贄にされて怖い神様が召喚されてしまいますわ」
「アーサー、二人の所に向かって」
「かしこまりました」
ビルのアパート前まで来た所で老執事は再びアクセルを踏み込み、車は黒フードの根城へと向かう。
「……ふふふっ、本当に手の焼ける人達ですこと」
二人が捕まって生贄にされかけているというのに、マリアは上機嫌に笑っていた。
まるで『面白いものが見れて満足です』とでも言いたげに。