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悪い子にはもっと悪い子をぶつけんだよ!
「くそっ、何なんだあの女共は!? どうして此処がわかった!?」
黒フード集団の一人が忌々しげに吐き捨てる。
「まさかあの二人が掃除屋か!?」
「どうしてこの場所がわかった! 後をつけられていたのか!?」
「贄を探しに出た奴らから連絡が無いぞ!」
「くそっ、もう少しというところで……!」
彼らが集う部屋には血で書かれたと思しき大きな魔法陣を囲うように複数の黒い壺と魔術的な道具が並べられている。
黒い壺は時折独りでにカタカタと震え、内部からはゴボゴボと沸騰するような音が漏れ出す。
「デボラ=エニシュ様の降臨に必要な贄はあとたった二人だ! あの女共を捕らえて生贄にすれば儀式は完了する! 手足を落としてもいい、奴らを捕らえろ!!」
「行くぞ! ようやくここまで来たのだ! 我らの悲願達成を邪魔されてたまるか!」
彼らの徒党に名は無い。
デボラ=エニシュと呼ばれる神を崇める異界出身の魔法使いの集まりであり、赤い目のマークが描かれた特徴的な黒いフードは彼らが崇める神を模したものだ。
デボラは影のような身体に燃えるような一ツ目を持つ異形の神で、空間を操る能力を持つ。
「必ず帰るのだ、我らの世界に!」
彼らの悲願とはデボラの力で元の世界に帰還すること。
だが、デボラを呼び出すには大量の生き血が必要だ。更にこの神は非常に気紛れであり、呼び出しても彼らの願いを聞いてくれるとは限らない。
それどころか気紛れに周囲の空間を乱して大規模な空間災害を引き起こす可能性もある。
このような人口密集地で呼び出していい存在では決して無い。
「彼らはエボラ何とかと言う神を呼び出して自分達の世界に戻るのが目的の様ですわね」
「ふーん、変わった名前ね。確かそんな名前の病気なかったっけ」
「恐らく行方不明になった方々は既に生贄にされております。確証はないですが、生存は絶望的でしょうね」
「そ、そんな……」
いつの間にか車の中に入っていたマリアが残念そうに話す。
「建物に忍ばせた【蛇の子】に探らせていますが、あの建物に攫われた方は居なさそうです。マンションにしては人の数もやけに少ないので元々住んでいた人達も犠牲になった可能性がありますわね」
「酷い事するね。家に帰りたい気持ちはわかるけど、そこに居た人達を巻き添えにしていい理由にはならないわ」
「では、どうなさいますか? 社長」
「話を聞くだけなら別に死体でもいいよね」
ドロシーは目つきを変え、ゾッとするような冷たい声で言った。
「ブリジット達には好きに暴れさせなさい。手加減は要らないわ、徹底的にね」
「ふふふ、言われなくてもそうなりそうですわよ」
ボロマンションに放った蛇の子から送られる映像を見てマリアはくすくすと笑う。
「あの二人は敵だと決めつけた相手に容赦しませんから」
そんなマリアの期待通り、薄暗い建物の中で赤く温かい雨が降る。
「ぐあああああっ!」
「おのれっ、この異世界人……ぐああっ!」
「プルーマ? 何だそれは。自己紹介は先程済ませた筈だが……仕方ない」
黒フードの胸に魔法剣を突き立て、ブリジットは改めて声を張り上げる。
「我が名はブリジット! ブリジット・エルル・アグラリエル! 栄誉あるアグラリエルの名を継ぎ、領主様より騎士の称号を与えられし者!」
細剣の血を振り払い、こちらに杖を向ける黒フード達を睨みつけて自己紹介。骨肉散らばる殺伐としたキルゾーンの空気を凍りつかせた。
「貴様らの目的は知らんが、先に攻撃を仕掛けてきたのは其方だ。未だに弁明が無い以上は敵と判断して良いと言う事だな!?」
「はっ、こんなヤツらにバカ丁寧に挨拶してんじゃねーの! バーカ! 空気読めや!」
アルマは足元に落ちていた傘を拾って小刀を作り出し、逆手で構えてニヤリと笑う。
「殺しにかかってくるんだ、相手も殺される覚悟くらい済ませてるさ。済ませてないならそれで結構!」
勢いよく駆け出し、ブリジットの自己紹介で注意が削がれていた黒フードの一人に接近。
「ひっ……!」
「精々、後悔しな。あたしらに喧嘩を売ったことをな!」
怯えるような声を上げた男の首をすれ違いざまに切り落とし、地面に落ちる前に首を拾って他の黒フードに投げつけた。
「うわあああっ!」
「く、くそおおおおっ!」
「あははははっ! ほら、頑張れ! 頑張れ! 頑張ってあたしを狙え! じゃないと死んじゃうぞっ!!」
「この、化け物っ……!」
アルマを狙って魔法を放とうとした黒フードに数本の魔法剣が突き刺さる。
「余所見をするな、お前達の相手は私だ」
距離を取ればブリジットの魔法剣が飛び、彼女を警戒すればアルマの接近を許す。そしてアルマに気を取られれば……の繰り返し。
いくら強力な魔法が使えても狙えなければ意味がない。自分ごと道連れにする覚悟があれば話は別だが。
「ははっ! あんな乳だけの女なんてやめとけ! あたしの方がお前らを満足させられるぞっ!!」
「ぐわあああっ!」
「ぎゃあっ!」
「く、くそっ! 何なんだ……何なんだ、お前らはあああっ!!」
遠き故郷恋しさに、異郷の人々を生贄にするような彼らにそんな覚悟があるはずもない。
彼らは生きて自分達の世界に帰りたいのだ。
「お前らこそ何なんだよ! どいつもこいつもだっせー格好しやがって! せめて顔出せや、コラァー! いい男だったら手加減してやるぞぉーっ!!」
「まだ覚えられないのか。仕方ないな、もう一度だけ教えてやろう。我が名はブリジット!」
だがそんな悲願など彼女達は知る由もないし、心底どうでも良いことだった。
彼女達に敵だと判断された時点で、もう殺すか殺されるかの二択しか残されていなかったのだから……