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「ふんふん、君も外の世界から来たのね」
「は……はい。3年ほど前に異界門から吐き出されて……外の人間に拾われました」
「苦労してそうね」
「まぁ……そこそこ……」
目的地に向かう途中、ビルはアーサーの運転する車の中でドロシーとスコットに挟まれて縮こまっていた。
「辛い思い出があるなら僕が話を聞くよ? こう見えて聞き上手だから」
「け、結構です……」
「……」
「そうそう、君の隣に座ってるスコッツ君も外の世界から来たのよ。彼はこの世界出身の人間だけどねー」
「そ、そうなんですね」
「……何かおかしい事でも?」
「ひえっ! べ、べべ別に!?」
右隣のドロシーは親身になって話を聞いてくれるが、左隣のスコットは不機嫌そうに睨んでくる。
(こ、ここ、怖えよ! この人とはあんまり関わらないようにしよう……!)
ドロシーの興味がビルに集中しているのが気に食わないのだろうか。普段は人当たりの良いスコットも何故か彼には冷たかった。
「駄目よ、スコット君。いくら僕が親身になってるからって依頼人に嫉妬しちゃ」
「嫉妬してません。いきなり何を言い出すんですか」
「僕に誤魔化しは通じないのよ。案外、ヤキモチ焼きなのねー」
「やめてください、暴れますよ?」
「暴れてもいいよ?」
こちらをからかうようにそんな事を言うドロシーにスコットはムッとさせられたが、心の内を見透かしているような彼女の瞳に耐えられずに顔を赤くして目を逸らす。
「……あの、ひょっとして二人は恋人なんですか?」
「違いま」
「恋人どころか婚約者だよー」
「社長!?」
「ふふん、恥ずかしがらなくてもいいのよ。むしろ自慢にしなさい」
「そ、そうなんですね……お幸せに」
「やめてください! 社長がそう言ってるだけですからぁ!」
「社長、到着致しました」
老執事は目的地であるビルのアパート前に車を停める。
「あ、どうも……」
「君が怪しい人影を見たのはこの近くなの?」
「は、はい。このアパートを出てすぐの所にある曲がり角に……あっ!」
ビルが指し示した場所に黒いフードで顔を隠した怪しい男が立っていた。
「あ、アイツです!」
「わー、わかりやすーい」
「なんだかあっさり見つかりすぎて罠っぽいですね」
「人影はいつも一人なの?」
「一人だったり、沢山居たり……でも、その中には必ずあの黒いフードの奴が居るんです!」
「あ、逃げましたね。どうします社長?」
「うーん、そうね。マリア、まずはあの人影を追って」
ドロシーはサイドガラスを下げ、バイクに乗って隣で待機していたマリアに言う。
「かしこまりました、お嬢様」
「追いつけなくてもいいわ。ある程度まで距離を詰めるか、居場所の目処が着いたらあの二人を解放して戻ってきなさい」
「うふふ、それでは」
マリアはバイクを降りるとそのまま影の中に収納し、被っていたヘルメットを被ったまま背中から大きな黒い羽を生やす。
「ここでお待ち下さい」
彼女は音もなく飛び立ち、逃げた男を空から追いかけた。
「……本当に何でもありですね、あのメイドさんは」
「マリアの異能力はかなり便利だからね。ある意味、魔法よりも魔法じみてるわ。吸血鬼だから日差しが強い日は外に出れないし、雨の日は能力が制限されちゃうから万能って程でも無いけどね」
「今更なんですけど吸血鬼なのに昼間から動いて大丈夫なんですね。ズルくないですか?」
「そういうこと言わないであげてよ。物凄く気分が悪いのを我慢して頑張ってくれてるんだから」
「もうサクッと灰になって頂ければ良いのですがね。死ぬべき時に死ねなかった者は神様に嫌われてしまうのでしょうか」
吸血鬼でありながら日光に耐性を持つマリアに老執事は辛辣な言葉を投げかける。
「言い過ぎよ、アーサー?」
「申し訳ございません」
「ええと……俺はどうしたら良いですかね?」
「とりあえずマリアが戻るまで僕達と車の中に居なさい。さっきの奴の仲間が」
「あっ、あれさっきの奴の仲間じゃないですか?」
マリアが戻るまで待とうとした矢先に黒いフード男の仲間と思しき怪しい人影が現れる。
「ああっ! アイツもです! さっきの男とよく一緒に現れる奴です!!」
一人と思いきや二人、三人、曲がり角から黒いフードを被った人物達が次々と現れる。
「う、うわっ!?」
「なんかゾロゾロと出てきましたけど」
「完全に狙われてるね、ビル君。ひょっとするとこの車に乗ってるのもバレてるかも」
「如何がなさいますか?」
「うーん、そうねー」
黒いフードの集団は木の棒のような武器を取り出して車に向ける……
「バックして、アーサー。全速力で」
「かしこまりました」
ドロシーは彼らの持つ武器を見てすぐに危険を察知、老執事も即座に車をバックさせる。
パァン、パァン、パァンッ。
黒いフードの集団は武器からテニスボール大の青白い光球を放つ。
────ドゴゴゴゴゴンッ!!
光球は道路や看板に触れた瞬間に爆発し、凄まじい爆炎が発生。吹き飛ばされた建物の外壁や窓ガラスが更に被害を拡大させる。
「わあああああああああっ!?」
「社長、あれはもしかして……!」
「うーん、これはちょっと面倒ね」
ドロシーはコートから魔法杖を取り出し、先程までとは打って変わって真剣な目つきになる。
「まさか魔法使いが徒党を組んで犯罪に手を染めるなんて。叔母様が知ったら卒倒しそうだわ」
久々に自分と同じ魔法使いが敵対者として現れたのだから。