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「ど、どうも、初めまして」
ウォルターズ・ストレンジハウスに訪れたのは、人間の子供サイズのカピバラに似た獣。
「君が連絡にあったビル君ね。ようこそ、ウォルターズ・ストレンジハウスへ」
茶色い毛と同じ色合いのダウンジャケットを羽織る愛らしい客人にドロシーは満面の笑みを向けた。
「……連絡あったんですか?」
「……あったみたいだね」
「うふふ、お客様が来てから確認したようですわ」
「そうかー、それにしても可愛いな。チューしたい」
「それで要件はなーに?」
コソコソ話をする社員達を無視してドロシーはビルに依頼の内容を聞く。
「お、俺は12番街区に住んでるんですが、四日くらい前から近所の住人が次々と行方不明になってて……」
「あら、そうなの?」
「……はい。別にこの街で人が居なくなるのは珍しい事じゃないんですが、人が消え始めたのと同じ時期に不気味な囁き声を聞いたり、怪しい人影をよく見かけるようになったんです。一応、警察や異常管理局にも連絡を入れたんですが……」
「わかるよ、相手にされなかったのね?」
「え、いや……その、はい」
ビルは気まずそうに頷いた。
「それで、僕達にその声と怪しい人影の正体を確かめて何とかして欲しいと」
「は、はい。それと……行方不明になった人達も見つけて貰えれば……と。仲が良かった訳じゃないけど、顔見知りだったんで……」
「ふんふん、わかったわ。それじゃあ、これから」
「只今、戻りました! マスター!!」
これからビルの依頼を受けようとした所に血塗れバニー姿のブリジットが帰還する。
「うわあああっ!?」
「あははははっ! なんだその姿はー! きったねー!!」
「あ、おかえりなさい、ブリジット。今、お客様が来てるからさっさと汚れを落として着替えてきなさい」
「むっ、客人か。私はブリジットだ。ブリジット・エルル・アグラリエル」
「ひ、ひいいいいっ!?」
誰かの血で染まった露出の多いバニーガールの衣装で自己紹介するブリジットにビルは絶叫。あまりの恐ろしさに椅子から転げ落ちた。
「や、やめて! 殺さないで! 俺は悪い異人じゃないからああっ!」
「む、どうした? そんなに怯えて」
「ひいいいいいっ!!」
「ブリジット、さっさとお風呂に行って体を洗いなさい。これは命令よ」
「了解しました、マスター。すぐに湯浴み場で身を清めて参ります」
ブリジットはドロシーの命令を受けて浴場へと向かった。
「大丈夫、ビル君?」
「ウッウッ、ウウッ……!」
「あーあ、あんなに泣いて可哀想になー」
「……そりゃそうなりますよね」
「久しぶりに人間らしい反応を見た気がするよ」
「うふふ、本当ですわねえ。ああ、可愛らしい」
「後であたしが慰めてやるかー」
「駄目よ、アルマ」
軽くトラウマを植え付けられたビルを見て、血塗れのブリジットの姿に何も感じなくなってしまった自分にスコットは目を曇らせた……
「……うむむ、どうしてこうも妙な男に絡まれるのだろうか」
浴場で身体を洗いながらブリジットはボヤく。
バイト終わりに店を出て街を歩いていたら大柄な豚面の男達に囲まれ、人気のない路地まで連行された。そして服を脱がされて乱暴されそうになったので、いつものように魔法剣で返り討ちにしてきたのだ。
「そんなに私は美人なのか?」
浴場に設けられた鏡に自分の裸を映す。
美しく整った顔に豊満な胸、鍛え上げられて引き締まった肢体。街を歩けば誰もが振り向くその美貌はまさに絶世の美女と呼ぶに相応しい。
「……いい迷惑だな」
だが、あのような男共の気を引くために身体を磨き上げたのではない。
その美貌も、技も、全てはブリジットの敬愛する領主に尽くすためのものだ。例え死ぬまで美しい姿のままであったとしても、仕えるべき主を失えば何の意味もない。
「……」
むしろ歳を重ねても美しいままの自分を疎ましくすら思っていた。
「顔に大きな傷をつければ、もう声を掛けられずに済むだろうか」
ブリジットは澱んだ瞳でそんな事をつぶやき、美しいその顔に爪を立てる。
「……」
『うぉぉい! いつまで入ってんだ、牛女ぁー!!』
「!」
そのまま頬を裂こうとした瞬間、苛立ったアルマの声を聞いて我に戻る。
『早く出ろー! あたしも出かける前に風呂入っておきたいんだよ!!』
「……ふん、何を考えていたんだ。私は」
そっと頬から指を離してブリジットは自嘲げに笑う。
「男に嫌われるのはいいが、黒兎に笑われるのは我慢できないな」
気付けにバシャッと頭からお湯を浴び、髪を軽く結んで浴場を出る。
「うらぁぁー! もう脱いでるんだから、早く出ろよコラーッ!!」
「うるさいな、言われなくてもすぐに出る」
「おわあっ!?」
────ぼよよんっ。
痺れを切らしたアルマが突撃しようするとガラリと扉が開き、彼女の目の前が忌まわしい駄肉で埋まった。
「む?」
「むごああああーっ!?」
「一体、何をしているのだ。私の胸に飛び込んでも何の得も無いぞ?」
「ぶわぁぁぁーっ! てめっ、このっ……」
アルマが勢いよく顔を引く抜くと、目に飛び込むのはやはり駄肉。
顔を退けても視界を占領するダイナマイトバディを前に彼女の瞳から光が消える。
「……」
「どうした? 何かあったのか?」
「うるせー、そこをどけ牛女。どかねーとその乳絞るぞ」
「絞っても乳は出ないぞ。私は牛ではないからな」
「うるせー、うるせー」
黒い耳をへにょんと垂らしてトボトボと風呂に入るアルマを見てブリジットは首を傾げる。
「何か嫌なことでもあったのだろうか」
その恵まれたスタイルと豊満な胸がアルマを傷つけているとも知らずに、ブリジットは無自覚にぼよんと胸を揺らした。
持つものの苦悩など、持たざるものにはわからんのです。