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紅茶は飲むだけで元気を分け与えてくれるのでオススメです。特にアップルティーに少量の蜂蜜を加えたものはとても効果的です。
時刻は13時30分頃、リンボ・シティ11番街区の大通りにて
〈ヴァギャアアアアアアアアアアアア!!〉
「くそっ! あんなのどうしろってんだ!!」
「はい、撤退ぃー! 撤退だぁー! 早く撤退しろー!!」
機械と生物が歪に混ざりあった蜥蜴のような怪獣が街中で暴れまわる。
駆けつけた警官達や特殊魔導装甲隊の攻撃を受けても怪物は怯むこと無く暴れ続け、周囲に甚大な被害を齎していた。
「ええ、こちらリンボ・シティ11番街区です! 見てください、街のど真ん中に何かヤバイ生き物が突然現れて大暴れしています!!」
「またお前らか! ここは危ない! 一刻も早く離れなさい!!」
「今はオンエア中なんだから邪魔しないで! こんなに終末感溢れる絵が撮れるなんてそうそうないんだから!!」
「本当に死にたいのか、バカヤロー!!」
騒ぎを聞きつけ、スクープ目当てに真っ先に馳せ参じたニュースリポーターが自分の身を案じる警官の声を無視して今日もニュース中継を続けている。
「……何なんですか、アレは」
「見ての通り、化け物だな」
「いえいえいえいえ、あんなのがいきなり出てくるとかおかしいでしょ!?」
暴れまわる怪物を前にリュークは混乱する。
「まぁ、慣れろ。この街はそういう所だからな」
リュークが目の前の現実を受け入れられずに本気で動揺する一方、アレックス警部は怪物を前に『またかよ』とでも言いたげな顔で軽く言い放った。
「何でそんなに冷静なんですか、警部!? あんなの相手に一体どうしたら」
「……よし、走れ。全速力だ! とにかく走れ!!」
「えっ!?」
「ボサッとするな! ほら、走れ! 死ぬぞ!!」
これは無理だと既に悟っていた警部は走って逃げ、リュークも彼を追うようにしてその場を離れる。
「ええ、この怪獣は警官隊の総攻撃を受けても」
「ジャスミン! そろそろ限界だ! 俺たちも逃げよう!!」
「マジで死んじゃうよ、ジャスミン!」
「やっぱり命は大事だよ、ジャスミン!」
「もう! オンエア中は名前で呼ばないでって言ってるでしょ」
〈ヴァアアアアアアアアアアアアアアア!!〉
他の警官達は既に撤退しており、女性リポーターのジャスミンさん含めたテレビ報道陣も迫りくる人生の終末を肌で感じ取り、血相を変えて逃げ出した。
〈ヴァギャァァァァアアアアアア!〉
機械の怪獣は体から金属の触手で周辺の車両や逃げ惑う人々を突き刺し、ガバリと大きく開いた口に放り込んで捕食する。
中の人ごと車がバキバキと噛み砕かれる音が響き渡り、11番街区は更なるパニックに陥っていた。
「うわぁぁぁぁ! あいつ、車っ……車ごと人を食ってますよぉおお!!」
「あぁ、畜生! いつになったら来るんだよ、あのヴィッチ!!」
「び、ビッチって……まさか!?」
「そのまさかだよ!」
〈ヴァァァァアアアアアア!!〉
「わぁぁあああ、こっちに来るぅううううー!」
怪獣は体から伸びる機械の触手で車や民間人を捕食しながら象のように太い四肢で街を蹂躙し、必死に逃げるアレックス警部とリュークを狙って触手を伸ばす……
キィン
その時、彼らのすぐ隣を白く輝く光の弾丸が横切った。
「え、今の……」
「ヤバイ、伏せろ!」
警部は急に立ち止まってリュークを強引に地面に押し倒す。
ポン、ポポポポ……
白い光弾は怪獣に命中するとその醜悪な巨体に復数の白い紋章を浮かび上がらせ……
────ドドドドドドォォォォォオオオオン!!!!!
直後に大爆発を引き起こした。
〈ヴォアアアアアオオオオオオオオオオオオオオオッ!!〉
「うおおおっ!」
「うわぁあああああっ!?」
距離を置いて地面に伏せていた警部達すら軽く転がりまわる程の爆発を受けて怪獣は大きく怯む。
「やっと来やがったか……」
「けっ、警部……今のは」
「あぁ!? 見りゃわかるだろ、魔法だよ!」
警部達に向かって猛スピードで道路を直進してくる黒塗りの高級車……その窓から身を乗り出して杖を構えるのは、アンテナのような癖毛を揺らす金髪の少女。
「な、何ですか!? 今のは! 魔法ですか!?」
「お見事です、社長」
「お世辞はいいよ。あと少し道を逸れて、このまま行くと大切な友達がタイヤの染みになっちゃう」
「言われずとも」
驚くスコットをスルーして老執事は静かにハンドルを切り、警部達を撥ねる寸前で回避する。
猛スピードですれ違うドロシーのにんまりとした笑顔を見て、警部は反射的に拳を突き出しそうになったが何とか堪えた。
「い、今すれ違ったのって警部さんたちじゃ」
「そうだね。本当に無茶ばかりする子だわ」
「うわー、頑張るなあ。あの人、普通の人間なのに……」
「……よーし、じゃあどんどん行こうか」
警部を心配する後部座席の面々とは対照的に、ドロシーは怪獣のみに意識を集中させて再び杖を構える。
小銃を模った魔法杖の先端が発光し、初弾に続けてもう一発白い光弾を連射する。
放たれた光弾は空中で拡散しながら怪獣の体に命中し、全身に白い紋章を浮かび上がらせる。
キュイイイイ────……ドドドドドドドドゴオオオオオオオオン!!!
そして一瞬白く発光した後、凄まじい連鎖爆発を起こした。
〈ヴァギャァァァァアアアアアア!〉
全身を爆破された怪獣は絶叫し、その巨体を大きく仰け反らせる。
ズドドォォォォォォン!
そのまま隣の高層ビルを巻き込みながら機械の巨獣は倒れ、自らの巨躯で倒壊させたビルの下敷きになってしまった。
「……うん、いいね。この杖を持ってきてよかった」
「今日も絶好調ですな、お嬢様」
「この辺りで車を停めて。それと社長って呼びなさい?」
「申し訳ございません、社長」
老執事は謝罪しながらブレーキを踏んで停車する。
ドロシーは杖のボルトハンドルを引いて焼き切れた術包杖を排莢し、新しい杖をリロードする。
「さーて、これで終わってくれるかな? 一応、殺す気で魔法を撃ち込んだけど」
視界を遮る土煙に薄っすらと映る巨影を見つめながら、ドロシーはすうっと息を整えた。