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エルフさんは捕まってからが本番……
「……ん」
ブリジットが目を覚ますと、暗闇の中にいた。
「ここは……何処だ……」
鼻を突く生臭い匂い。何かに絡まっているのか身体の自由が効かない。
それは身動ぎするごとに更に身体に絡まり付き、どんどん自由が奪われていく。
「むうっ……! 何だ、これは……! 一体、此処は何処だ!?」
「おーぅ、目が覚めたか牛女」
「むっ、お前は……」
「とりあえず後で一発殴って良いな!? ああ!?」
次に聞こえてきたのは不機嫌そうな子供の声。ブリジットが声のする方を向くと……
「どーすんだよ、これ! お前のせいだぞ! 責任取れよ!?」
グロテスクな赤い蔦のようなものに絡まり、逆さまに吊るされたアルマが此方を睨みつけていた。
「黒兎か。その有様は何だ、情けない」
「はぁぁぁぁん!? 今のお前に言われたくねぇよ!? ていうか誰のせいでこうなったと思ってんだ、コラァァァ!?」
「む?」
暗闇に目が慣れた彼女が自分の身体を確かめると、アルマと同じように赤い蔦に絡まっていた。
「なんだ、これは。何がどうしてこうなった」
「お前のせいだよ!? 何いってんだ、このバカ牛女!!」
「覚えがないな。私がこのようなものに絡まるとは思えん」
「いや、絡まってんだろ!? ものの見事に絡まって動けなくなってんじゃん!?」
「思い出せん。一体、何があったのだ……黒兎が絡まるのは仕方のないことだが」
「あぁぁぁぁぁあん!? お前……お前ーっ! ぶん殴るぞ、コラァァァー!?」
どう考えても非常時だと言うのに口喧嘩を始める二人。アルマは耳を逆立ててブリジットを責めるが、彼女はどうしてこんな事になったのか理解できていなかった。
「お前が間抜けだったせいで! あたしまで喰われちまったんだよ! 頭の栄養まで乳に取られてんのか、テメーッ!?」
「失礼な、好きで栄養が胸に行っている訳ではない。私にもどうして大きくなるのかわからんのだ」
「うるせー、うるせー! とにかく責任取れー!!」
「どう責任を取れと言うんだ、黒兎。お前の豊胸に手を貸せば良いのか?」
「きいいいいいーっ! もう我慢の限界だ、殺すーっ! ぶっ殺すー!!」
《ぎょぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!》
腹の中まで響くような不気味な声。その度を越した声量はビリビリと耳を刺激し、流石の二人も口喧嘩を中断してしまった。
「……かぁぁーっ! 耳が痛ぁい!!」
「な、なんだこの声は!? 何処から聞こえた!?」
「何処からだって!? あたしらの居るここからだよ! あたしらを喰った化け物の声だ!!」
「何だとっ!? まさか、ここは……!」
曇天の空を巨大な蛇が悠々と泳ぐ。
その緑色の目は8個もあり、大きく裂ける口には人よりも大きな牙が生え揃う。
乳白色の太く長い巨躯には鎧のような鱗がびっしりと生え、金属が擦れ合うような不快な音を立てる。
《ぎょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんっ!!》
リンボ・シティに出現した恐ろしい蛇の怪物は、己の存在を誇示するかのように再び咆哮した。
「な、なんですか、アレは!?」
「うーん、わかんない! 僕も見たことないわ、あんなの!」
「やだあああああああああっ! やっぱりオレ帰るーっ!!」
「はっはっは、そう仰らずに。デイジー様のお力が無いと困るのです」
スコット達は突然現れた怪物を地上から見上げる。
その大きさは100mを優に越え、まるで高層ビルが空を飛んでいるかのような非常識な光景にドロシーも目を輝かせていた。
「地上に降りて来ないのは不幸中の幸いね。もしあんなのが街を這いずり回ったらと思うと気が遠くなるよー」
「ちょっ、放して!? 放してくださいよ、社長! あんなのに近づいたら死んじゃうって!!」
「うふふ」
逃げようとするデイジーの手をガシッと掴み、ドロシーはニッコリとした社長スマイルを浮かべる。
「さぁ、出番よデイジーちゃん。この車を空に浮かせてちょうだい」
「やだよおおおおおおっ!」
「アーサー、デイジーちゃんをお願い。優しく車に乗せてあげて」
「かしこまりました」
「ああっ! やだ、やだあああっ! 助けて! 助けて、スコットー! オレ死にたくないよーっ!!」
泣きじゃくるデイジーをひょいと担ぎ上げて老執事は車に放り込む。
そのままペコリと一礼してから運転席に戻り、無慈悲に車のドアをロックした。
「そのうち本当に会社を辞めるんじゃないですかね、あの人……」
「辞めないよ、あの子はファミリーだから」
「ファミリーへの扱いじゃないですよ」
「あの子がいないとちょっと大変そうだしね。可哀想だけど今日は帰すわけにはいかないのよー」
ドロシーは持参したライフル杖に禁術指定の術包杖を装填し、ふーっと小さく溜息を吐く。
「今更だけど、スコット君も帰っちゃ駄目よ?」
「はぁ……わかってますよ」
スコットも覚悟を決めて悪魔の腕を呼び出す。
「あの二人を助けないと目覚めが悪いですしね」
片目に青い炎を灯しながら巨大な蛇を睨みつけ、ガシンと悪魔の拳を合わせて気合を入れた。
「巨大な化け物の腹の中か!?」
「今更、気づいたのかよ!?」
「な、何ということだ! この私が! 化け物に喰われて死んでしまうとは!!」
「いや、まだ死んでねーよ! 牛女もあたしもまだ生きてるよ!?」
「うううっ、申し訳ございません……領主様! 騎士の称号を与えられながら……こんな、こんな終わり方なんて……!」
「あーもー! マジで面倒くせぇぇぇえ────っ!!」
一方、ようやく事態の深刻さを知ったブリジットは勝手に絶望して悔しみの涙を流し、そんな彼女と運命を共にしそうになっているアルマは半泣きで叫んだ。
────どうしてこうなったのか。
目を覚まして家を出てからこの状況に至るまでのあれこれを思い出しながら、黒兎は怪物の腹の中でじたばたと藻掻いた……
chapter.21「ウサギはウシに追いつけない」 begins....
当然、心に刻んでおりますとも。