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「あ、あの……もう大丈夫ですから。そろそろ放してくれませんか?」
帰路に着く車の中で半裸のルナに抱かれながらスコットは言う。
「駄目よ? もう少し大人しくしてなさい」
「そうよ、スコット君。お母様の言う通りにしなさい。もう少しで出血多量で死んじゃうところだったんだから」
「ふふふっ」
ルナは幸せそうにスコットに抱き着く。彼女の柔らかな肢体が押し当てられてスコットは目を泳がせ、助手席に坐るドロシーはルームミラーを不機嫌そうに見つめる。
「あの、どうして毎回脱ぐんですか!?」
「私の力は素肌で触れ合った方が効果が高まるの」
「本当ですよね!?」
「本当よ?」
ルナは妖艶に微笑みながら言う。真偽の程はどうあれ、実際に彼女と肌を重ねて生命を繋いできたのは事実。
命の恩人がそう言うなら……とスコットは仕方なく受け入れる。
「ふふふっ」
「じー……」
だが、突き刺すようなドロシーの視線と、ルナの悩ましい姿がスコットの精神と心臓をジワジワと追い詰めていく。
「と、ところで社長!」
「なーに?」
「あの黒服の二人組は何者なんですか? 社長とは知り合いみたいですが、管理局の関係者じゃなさそうだし」
「あー、あの子達ね」
何故かドロシーは更に目を細める。
「……ひょっとしてあの子達が気になるの?」
「え、いや。それはないです」
「本当に?」
「本当ですよ!?」
「ふんふん、それならいいの」
念の為、スコットがあの二人に興味を向けていないか確かめてからドロシーは話し出す。
「あの二人は掃除屋。この街の危険因子を秘密裏に始末する処刑人よ。出来れば僕も相手にしたくない子達ね」
「……強いんですか?」
「まぁ、君が命に関わる傷を負うくらいにはね」
ドロシーはルナに治療を受けるスコットを指さして意地悪そうに笑う。
「こ、これは油断したからで」
「まー、スコット君は怪我してからが本番みたいな所があるし、負けることはないでしょうね。それでも簡単には倒せないと思うわ」
「……」
「あの子達の他にも掃除屋は沢山いるの。詳しくは話せないけど、秘密裏にこの街の治安維持とゴミ掃除を任されてる怖い人達だと思っておいて」
ドロシーの話を聞いてスコットはなんとも言えない気持ちにさせられる。
「……そんな奴らも居るんですね」
「掃除屋は外の世界にも居るよ。どちらかと言うと外側の方が掃除屋は忙しそうね。この街よりも大事になりやすいから」
「……」
「ほら、やっぱりあの子達が気になってるじゃない」
スコットの反応を見てドロシーは顔を膨らませる。
「別に……そんなことは」
「言っておくけど、あの子達は駄目よ」
「えっ」
「愛人は5人までOKだけど、あの子達はNOよ。性格が悪いし趣味も悪いから。特にナイフで君を切りつけた小夜子ちゃんはね」
「いやいや、流石にあれはないですよ! いくら美人でもあれには惹かれませんって!」
「どうかなー?」
「本当ですって!」
◇◇◇◇
「……大丈夫、絢香?」
「大丈夫なのです!」
「本当に?」
「小夜子は心配しすぎです! これくらい何ともないのです!」
一方、ブレンダの診療所に戻る途中の掃除屋姉妹。小夜子は絢香を心配するあまりひっきりなしに声をかける。
「大丈夫なのですよ!」
「そう……ならいいの」
妹を心配しながらも、小夜子の頭からはあの男の笑みが離れない。
殺せるなら殺してみろとでも言いたげな狂気じみた笑顔、死を恐れるどころか死ぬことを望んでいるかのような戦い方。
死を恐れずに向かってくる相手はそう珍しいものではないが、今回の相手はその中でも際立って異質。
戦い方といい、その身に宿る異能力といい、今まで戦ったどんな相手とも異なる存在だった。
(……何でしょう、この感情。凄く……不思議な気持ち……)
強烈過ぎる化け物との遭遇に、小夜子は身に覚えのない感情を抱いていた。
「……あの男は何者だったのかしら」
「……知らないのです。あんな化け物、見たこと……あ」
だが、絢香はあの男の顔に見覚えがあったような気がした。
「……あった気がします」
「えっ?」
「バイト先によく来るお客さんに、似ている人が居たような……」
「バイト先……って、あのお店に!?」
「えーと、んーと……」
全身を染める金色の染みと汚れ、そして狂気じみた笑顔と背中から伸びる悪魔の腕の威圧感で気づけなかったが、実は絢香は彼によく会っていた。
「そう、スコット。あの人もスコットっていう名前でした」
絢香はドロシーが懇意にしている喫茶店ビッグ・バードでアルバイトをしていたのだ。
「ええっ!?」
「ドロシー・バーキンスがいつもお店に連れてくるのです。戦っている時は気づけませんでしたが、よくよく思い出すと似ている気がするのですっ」
「そんな危ない人が来るお店でバイトをしているの!?」
「で、でも……お店で会う時と全然雰囲気が違うのです。お店だといつもおじさんにビクビクしてて落ち着きのない変なヤローでしたし……」
まさかの展開に小夜子は思わず口を抑える。
「……ねぇ、小夜子。今度、私もそのお店にお邪魔してもいい?」
「! 来てくれるのですか!?」
「……ええ。少し、興味が湧いたから」
ビッグバードの独特な雰囲気が苦手で中々立ち寄れなかった小夜子だが、あの男がよく現れると聞いて俄然興味が湧いてきた。
どういう訳か、小夜子はあの化け物が気になっていたのだ。