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「ははっ、冗談だよ。本気にしないでくれ」
だが、スコットは急にコロッと態度を変えて軽い口調で言う。
「!?」
「女性を二人待たせてるんだ。本当は俺が待ってる側だったんだけど……ああ、この話もいいや。とにかく俺は帰るよ」
スコットは敵意がないことを示すためか、両手を軽く上げて二人に近付く。
(……小夜子、どうするのです?)
(……待って。もう少し様子を見ましょう)
二人はスコットに聞き取れない程の小声で会話する。
「大丈夫、俺は何もしないよ。女の子を殴る趣味はないし、殴られたい趣味もない。俺はクズでも変態でもないんだ」
そう言ってスコットは警戒する二人の横を通る……
「……ッ!」
彼が直ぐ側を横切った瞬間、絢香は反射的にハリーを構えてしまう。
────ガォンッ!!
響き渡る発砲音。絢香に攻撃の意思は無かったが、無意識に引き金を引いてしまった。
「……俺は、何もしないっていっただろ」
放たれた砲丸はスコットでは無く天井を貫いた。発砲の瞬間に悪魔の腕がハリーの砲口を力づくで逸らしたのだ。
「……!」
「まだセーフだよな? これは正当防衛だし、アンタには怪我させてない」
あくまでも穏便に済まそうとするスコットの首筋にナイフの刃が触れる。
「……はぁ」
「ごめんなさい、やはり貴方は危険です。ここで無力化します」
「せっかくの美人もお堅い頭のせいで台無しだ。アンタ、彼氏いないだろ?」
「それが遺言ですか?」
「いーや、ただの確認だよ」
小夜子にナイフを突きつけられてもスコットは軽口を絶やさない。
「……ありがとう。これでアンタを殺せる理由が出来た」
片目に青い炎を灯し、ゾッとするような声で呟いた。
「!」
「小夜子!!」
小夜子は素早くナイフを振るう。鋭い刃はスコットの首を裂いたが、彼は全く怯まずに小夜子の首を掴む。
「うっ!」
「ははっ! いいナイフ使ってるな! 切れ味良すぎて痛くもねぇ!!」
「このっ!」
絢香はスコットの横腹を思いっきり蹴り飛ばす。小柄な体躯に見合わぬ強烈な蹴りを受け、スコットはたまらず小夜子を手放す。
「おごっ……ははぁ!」
だが、内臓を痛めて吐血しながらもスコットは笑いながら踏み止まり、悪魔の腕で絢香を拘束。そのまま壁に押さえつける。
「あううっ!」
「絢香!」
絢香を助けるべく小夜子はナイフを投擲、スコットの左肩に深々と突き刺さる。
「うおっ!」
「妹を放しなさいっ!」
太腿に隠していたもう一本のナイフを抜いて目にも留まらぬ速さの突きを放つ。
狙いは心臓。体勢を崩していたスコットは回避が出来ないと悟り……
「ははは! 何で俺が悪者みたいになってるんだ!?」
右手を突き出してナイフを受け止める。
刃先はそのままスコットの右掌を貫くが、特に痛がる素振りも見せずにナイフの刃先と一緒に小夜子の右腕を封じる。
「帰ろうとした俺を呼び止めたのはアンタらだぞ!?」
「!」
「なら、責任もって相手しろよ!」
スコットは首と肩を負傷しながらも、弾けるような笑顔で言う。
「俺を始末してくれるんだろ、お嬢さん……はぶぁっ!?」
二人の動きを封じて反撃に移ろうとしたスコットの背中に黄色い魔法弾が命中。身体が麻痺してその場に崩れ落ちる。
「あばばばば……!」
「全く、こんなところで何をしてるのよ」
「あ、貴女は……」
「部屋の外で待ってなさいと言ったでしょ?」
ドロシーは廊下に倒れ伏すスコットに冷めた視線を向けながら言った。
「お久しぶりね、小夜子ちゃんに絢香ちゃん。元気にしてた?」
「ど、どうしてここにいるのですか」
「こっちのセリフよ、絢香ちゃん。僕の許可もなしにスコット君を口説かないでくれる?」
「……そんなことしてません」
「それじゃ、この有様をどう説明してくれるの?」
魔法杖をコートにしまい、スコットを指差して状況説明を求める。
「……」
「しゃ、社長……あの、動けないんですけど……ちょっと……」
「あと5分もしたら動けるようになるよ。安心して」
「いえその……このまま5分も動けなかったら、し、出血多量で、死ねます……」
スコットは身体からどくどくと血を流して青ざめた顔で言う。
「あれっ、どうしたのスコット君! すごい怪我よ!? 誰にやられたの!?」
「……」
「あっあっ! しっかりして、スコットくん! スコットくーん! ちょっと二人共、手伝って! このままじゃスコット君が死んじゃう!!」
ドロシーは慌ててスコットを起き上がらせる。ハンカチでキツく首を縛って止血し、棒立ちする絢香達に助けを求めた。
「あの……ええと」
「いいから彼を運ぶのを手伝いなさい! お義母様のところまで連れて行くから! 急いで!!」
「……どうするのですか、小夜子?」
「……」
「スコットくんが死んじゃうー!!」
小夜子は悩んだ末にスコットに肩を貸し、それを見ていた絢香もハリーを置いてスコットの介抱に回る。
「……何処まで運べばいいですか?」
「マンションの外まで!」
「歩いていたら間に合わないのです。担いで行きます」
「……あー……ええと……」
「スコット君、しっかり! こんなところで死んだら許さないよ!?」
「そうね、二人で担いで窓から飛び降りましょう」
そう言って小夜子は絢香と二人でスコットの身体を抱き上げる。
「え、チョッ……何ですかこの絵面!? すごい恥ずかしいんですけど!?」
「暴れないでくださいね、落としちゃいますから」
「ま、待って! なんか動けるようになりましたから! このまま降ろして」
「では、行くのです」
「降ろせよ!?」
「あ、ちょっと待って。二人に伝えておきたい事があるの」
ドロシーはスコットを担いで窓から飛び降りようとした小夜子達を呼び止める。
「このまま彼を助けてくれるなら……今日の事は全部水に流してあげるわ」
「……」
「さぁ、行って。スコットくんを宜しくね? うっかり死なせたら二人共半殺しにして生きたまま蝋人形にしてからブレンダ先生にプレゼントしちゃうよ☆」
そしてえへへとあざとく微笑み、愛するスコットに手を出した小娘達に本気の脅しをかけた。
あまり女の子を怒らせないほうが良い