19
「絢香、大丈夫!?」
「……あっ、小夜子」
一方、マンションに駆け込んだ小夜子は無事に絢香と再会した。
「怪我はない!?」
「私は大丈夫なのです。でも……」
絢香は複雑な表情で天井の穴を見上げる。
「また私のせいで、大変なことになっちゃった」
「……絢香のせいじゃないわ。こうなったのは悪い人達のせいなんだから」
「あの木にはハリーが全然効かなかったのです。こんなのは初めてです」
「そうね、私も想定外でした。まさかあんなものを隠していたなんて」
小夜子は汚れた絢香の顔をハンカチで拭き、怪我をしていないか入念に身体をチェック。
「……小夜子、私は大丈夫なのです」
「本当に? 痛いところはない?」
「ありません」
「我慢は?」
「してません」
過保護が過ぎる姉の反応に絢香は目を細める。絢香の身体は常人よりも遥かに頑丈で再生能力すら備わっているのに、小夜子は彼女が心配で仕方なかった。
「そ、そう? でも……」
「大丈夫ですからっ! いつまでも身体を触るのはやめるのです!」
ドガァアアアアアンッ!
小夜子の手を振り払った瞬間、廊下先の天井が崩れて何かが落ちてくる。
「!」
「絢香、下がって。私がやるわ」
「いえ、このマンションを任されたのは私です。私がやるのです」
「……いってー……くそっ、やり過ぎたか」
崩れた天井の破片と瓦礫の中から一人の男が表れた。
「……あれ?」
「……」
「……」
金色の返り血で体を染め上げたスコットは棒立ちする黒コートの二人組を見て目を丸める。
「あ、どうも……このマンションの人ですか? すみません、ちょっと訳あって散らかしちゃって……」
気まずそうにポリポリと頭を搔くスコットに絢香達も困惑する。
「えーと、貴方は一体……? このマンションの住人ですか?」
「いや、違います。俺はその……えーと、が、害獣駆除に」
「害獣……?」
「そ、そう! マンションの人から上の階にヤバいのが出たっていう苦情が来て、頑張って駆除してたん……です。はい」
咄嗟にスコットは目を泳がせながら出任せを言う。正直に話しても信じて貰えそうになかったからだが……
「……はぁ、害獣駆除の人ですか」
「……無理ありますかね?」
「無理あるのです」
その出任せが却って二人に疑念を抱かせた。
「ひょっとして貴方があの木を持ち込んだんですか?」
小夜子は目付きを変えて袖口に仕込んだナイフを取り出す。
「えっ! ち、違いますよ!!」
「小夜子、この人はあの部屋に居ませんでした。多分あの木とは関係ないのです」
「あら、そうですか。ごめんなさい……妹が危ない目に遭ったからつい……」
「は、はぁ……じゃあ俺はこの辺で……」
「待つのです」
ハリーの砲口を向けて絢香はスコットに聞く。
「な、何ですか?」
「お前は上の階で何をしていたのですか」
「が、害獣駆除……」
「真面目な話なのです」
「……何かよくわからない木が目障りだったんでズタズタにしてきました」
スコットは右手に持っていた黒い樹木の残骸を絢香達の足元に放り投げる。
「……!?」
「黒い木はちゃんと仕留めてきたよ。これ以上ないってくらい念入りに。気になるなら自分の目で確かめてくるといい……気分の良くなる光景じゃないけどさ」
「貴方、どうやってあの木を……!?」
「どうやってと言われても……死ぬまでグチャグチャに潰したとしか」
「!!?」
小夜子は驚愕した。
奇妙な悲鳴を境に金色の果実が落ちてこなくなったので不思議に思っていたが、まさかこの男がアレを駆除したというのか。
あの樹木の危険性を知っていた彼女は彼の言葉が信じられなかった。
「……あの、ひょっとして倒しちゃ駄目な奴でした?」
「小夜子?」
「……笑えない冗談はやめてください。あれは人間の手には負えません」
「そう言われても……やれちゃったんだから仕方ないじゃないか」
「仮に貴方の言う通りだとするなら……」
ナイフの刃先をスコットに向け、小夜子は鋭い殺気を放つ。
「このまま貴方を外に出す訳にはいきません」
「え、ちょっ! なんだよ、急に!? ていうか、アンタらは何なんだよ!?」
「貴方は危険すぎます。アレを倒せる力を持つ者を、自由に出歩かせる訳にはいかない」
スコットは自分にナイフを向ける小夜子に驚くが、その目と声色から彼女が本気だとすぐに気づく。
「……ほ、本気か?」
「やるのですか、小夜子?」
「ええ、依頼には無いですが彼はここで始末しましょう」
「わかったのです」
「……あ、そう。そうですか」
小夜子に続いて絢香まで殺気を向けてくる。今までの経験から『これは話が通じないな』と察したスコットは重い溜息を吐き……
「それじゃあ……やるか? 今の俺は手加減出来ないぞ?」
先程までとは雰囲気を一変させ、狂気を孕んだ獰猛な笑みを二人に向ける。
「「!!」」
その瞬間、二人の肌が一斉に粟立つ。空気全体を震わせるような、肌を刺すような強烈な殺気。
(……いけない……!)
ここで小夜子は己の判断が誤りだったことに気づいた。
あの男に、敵意を向けるべきではなかったのだ。
登場した女の子が必ずしもヒロインになるとは限りません。