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常識って、なんだろう。 じぇいむす。
〈ピギィイイイイイイイッ!!〉
黒い樹木は天井に伸びた太い枝をズルリと引き抜き、鞭のようにしならせてスコットを攻撃する。
「ふんっ!」
スコットは樹木の攻撃を悪魔の片腕で受け止め、そのまま勢い良く引きちぎる。
〈ギギギギギ、ギイイイイイーッ!〉
「ははっ! 植物も痛みを感じるのか! 悪いな、今まで気づいてやれなくて!!」
今まで何気なく踏んづけてきた雑草や、特に理由もなく折ってきた木の枝を思い出しながら千切った枝をポイと投げ捨てる。
枝についた金色の果実が壁に当たって落ち、そのまま枝と他の果実を巻き込んで消失。
────コォオオオオンッ!
スコットの居る階層の四分の一を削り取る程の大きな消失痕を作り、マンション全体が僅かに傾く。
「はっはっ! やべえ、忘れてた! お前の果物はヤバイ代物だったな!!」
〈ギギギギッギィ!〉
「次は千切らないように気をつけないとなぁー!」
しかしスコットは特に気にせず戦闘続行。足元が傾こうが、背後に大穴が開こうが、上と下から悲鳴が聞こえてこようがお構いなしに樹木をぶん殴る。
〈ピャギャァアアアアアッ!〉
拳が樹木の幹を陥没させ、中で何かが破裂したかのように樹皮から飛び散る樹液を浴びながらもう一発。
〈ギャアアアアアアアアアアアアアアアッ!!〉
苦し紛れに伸びてくる触手を引きちぎりながらえぐれた幹に悪魔の右腕を突っ込み、そのまま樹木に沿うように腕を伸ばして内部から引き裂いていく。
「ははっ、何だこれ! 木の中ってこうなってるのか! 本当に生き物の身体の中みたいだなぁー!!」
悪魔の腕を介して伝わる感触。内部から樹木の身体を引き裂いていく形容しがたい感覚を味わいながらスコットは獰猛な笑みを浮かべ……
「それじゃぁ────くたばれ!!」
樹芯まで届いた腕を力いっぱい引っ張り、黒い樹木を一気に引き裂いた。
ギイィイイイイイイィィィアアアアアアアアアァァァァァァアアアアア────ッ!!!!
縦一線に裂けた樹木から大量の樹液が溢れ、光る内臓のような器官が引きずり出される。
樹木は金切り声のような壮絶な断末魔を上げ、全身から樹液を吹き出しながら萎びていく。
「はっ、植物相手にくたばれって言ったのは人生で初めてだ。もう言う機会は無さそうだけどな」
伸ばした腕を戻し、体中に付着した樹液を拭いながらスコットは苦笑いする。
「あー、気持ち悪い。この金色のベタベタ……何だかアイツらを思い出すなぁ」
こびりついた金色の染みを見て天使との戦いを思い出す。
彼らも攻撃すれば金色の飛沫になって飛び散った。
不思議なことにこの木の樹液は天使の血液とよく似た匂いを放ち、周囲に飛び散った金色の樹液は否が応でもあの戦いを連想させる。
「……まさかアイツらと関係あったりしてな。流石にないか」
樹木が萎びると共に実っていた果実の輝きも失われる。
黄金の輝きを失った果実はうっすらと内部が透けて見え、内臓のようなものがドクンドクンと脈動していた。
「うわぁ、グロっ。何だよ、この実……中身はこうなってたのか」
手の届く高さまで垂れてきた枝から果実を一つもぎ取る。輝きを失った果実は手に取っても消滅することは無く、触った感触はリンゴによく似ていた。
「……くそっ、気持ち悪ぃ! こんなのに手を伸ばそうとしてたのかよ!!」
まじまじと果実を確かめた後にスコットは床に叩きつける。
「あー、畜生。いくらアイツに会いたくてももっとマシな死に方を考えるべきだな。こんな気持ち悪いのに触って死んだら呆れられちまうよ」
喜び勇んで果実に飛びつこうとしたのを棚に上げて散々にこき下ろす。
久々に暴れてフラストレーションが解消されたのか、不用意に自殺に走ったのを後悔する程度には冷静さを取り戻していた。
「でも、これでやっつけたかな? 後は異常管理局が何とかしてくれるだろ」
スコットは一仕事を終えた風にググッと背伸びをして部屋を後にする。
「……いや、念には念をだ」
しかしまだ黒い樹木が生きている可能性を考慮し、くるりと身体を翻して樹木の残骸へと向かった……
「何なんだ、一体……」
地上から見ていたジェイムスは自分の正気を疑った。
「どうしてアレを倒せる? あの木に攻撃は効かないはずだぞ? それを、それをアイツ……」
対滅の果樹に攻撃は通じない。
物理攻撃、魔法攻撃、毒物散布……自らを排除しようとするありとあらゆる要素に反応して爆発、成長を繰り返す規格外の生物だ。
更に樹木から発生する金色の果実は触れた空間を消失させる能力があり、本来なら樹木に接近することすら困難。というより近づこうとする事自体が無意味。近づいた所でどうにもならない。
「アイツは、何者だ?」
そんな怪物を、あの青年は殲滅したのだ。
あらゆる攻撃を無力化する不条理な存在を、それ以上の不条理な暴力で捩じ伏せる。タチの悪い冗談のような一般市民。
「彼の名前はスコット・オーランド。僕の会社の一員で、僕のパートナーよ」
「……」
「それ以上は企業秘密よ。知りたかったらキッド君もあんな会社辞めて僕のファミリーになりなさい」
茫然とするジェイムスの隣でドロシーは誇らしげに言った。
「……いつの間に来てたんだ?」
「さっきからよ」
「ふふ、本当に滅茶苦茶な子でしょう? あんな力があるのに少し前まで外の世界で人間として暮らしていたのよ」
「よく今まで我慢できたよねー。それだけ彼がヒューマンとしても立派だったってことかしら」
「ふふふっ、そうね。人の世界には勿体ないくらいに立派な子だわ」
ドロシーとルナは涼しい笑顔で皮肉まみれの賞賛をする。
「ま、そうじゃないとこのドロシー・バーキンスが惚れるわけないんだけどね」
頭のアンテナを揺らしながらそんな事を宣う魔女から目を逸らし、ジェイムスは無言で携帯電話を取り出した。
常識なんて今まで溜め込んだ偏見のポートフォリオでしかないのよ。 どろしー。