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幻騒のカルネヴァーレ ~Carnevale of Phantasm~  作者: 武石まいたけ
chapter.20「汝の愛を選び、汝の選びを愛せよ」
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17

死にたがりほど死に損なうものです

「……対滅の果樹とはね」


 サチコから報告を聞いた大賢者は眉をひそめて紅茶を置く。


「発生したのはつい先程。1番街区の高層マンションです」

「被害は?」

「マンション周辺に超局地的なボール状の空間消失及び空間歪曲が多数発生。死傷者の数は不明……果樹の成長度は既に第三段階に到達しています」

「……まずいわね」


 先程までの穏やかな雰囲気が一変。特別面会室に緊張が走る。


「うーん、それは大変ね」

「大変なの、ドリー?」

「うん。状況はかなり深刻よ、お母様」


 紅茶を堪能していたドロシーからも笑顔が消える。


「その高層マンションにはヒューマンズ・プライドのメンバーと思われる人物が多数在住しており、先程掃除屋(クリーナー)の介入がありました。恐らく果樹の発生タイミングからしてメンバーの誰かが種を所持しており、掃除屋(クリーナー)を道連れにする為に使用したのだと思われます」

「本来ならその種でこの総本部を消すつもりだったのでしょうね。彼らは私達を目の敵にしていたから」

「……あのマンションで発生したのは不幸中の幸いですね」


 大賢者自ら要注意集団に指定するほど厄介な連中だったが、まさかあんなものを隠していたとは。

 もし掃除屋に処理を依頼するのが遅れていれば、大賢者達はこの建物ごと消え去っていただろう。


「第三段階ってことはまだ【苗木】は生まれてないのね」

「そうね、このまま誰も手を出さなければ被害はあのマンション周辺に抑えられるわ」

「マンションにはまだ人が大勢居るだろうね。その人達はどうするの?」

「……住人の救出は難しいでしょうね」


 大賢者は沈痛な面持ちで言った。


「まぁ、そうだよね。下手に助けようとしたら余計に被害が増えるもの。触れたらおしまいなんだから」

「……何とか助けられないの?」

「マンション周辺に救護班を派遣しています。周辺住民の避難は順調に進んでいますが……マンション内部への侵入は既に不可能です。まだ果樹の侵食を受けていない高層部の住人は屋上から救出が可能ですが……」


 サチコはそれ以上何も言わずに目を曇らせる。


「ん、わかったわ。それじゃあ行きましょうか」


 ドロシーはティーカップを置いて席を立つ。


「何処へ行くの? ドロシー」

「家に帰るの。流石にこれ以上、スコット君を待たせられないし。さぁ、ルナも立って」

「……そうね」

「じゃあね、叔母様。とても美味しかったわ」

「まさかとは思うけど、あの果樹を何とかしようなんて思ってないわよね?」


 部屋を出ようとするドロシーに大賢者が聞く。


「冗談言わないでロザリー叔母様。僕は1番街区に友達は居ないの。命を懸けてまであんな趣味の悪いマンションに住む上級住民を助けようとも思わないしー」

「……そう」

「僕は友達しか助けないと決めてるの」


 ドロシーは不敵に笑う。


「じゃあねー、サチコちゃんもバイバイー」


 ニコニコ笑顔でサチコに手を振り、ドロシーは部屋を出ていく。


「ふふっ、また会いましょう。次はスコット君も混ぜてあげてね」


 ルナはそんなドロシーを見てくすりと微笑み、大賢者に手を振って部屋を出た。


「……」

「……はぁ」


 パタンと閉ざされたドアを見つめながら大賢者は重い溜息を吐く。


「本当に、困った子だわ……」



「あれー?」


 部屋の外で待っているはずのスコットが忽然と姿を消し、ドロシーは首を傾げる。


「スコットくーん?」

「何処に行ったのかしら」

「うーん、ちょっと待たせ過ぎちゃったかなー」

「かも知れないわね」

「むむむ……」


 ドロシーは腕を組んで顔をふくらませる。


「彼が行きそうな場所に心当たりはある?」

「無いね。1番街区なんて滅多に来ないしー」

「あらら」

「……まさかとは思うけど」


 流石に無いだろうと思いつつ、ドロシーは廊下の大窓から果樹の苗床(マンション)を見た……



 ◇◇◇◇



「さて……と」


 スコットは黒い樹木を見上げながらポキポキと指を鳴らす。


「アレを直接殴るとヤバいんだったか。攻撃を食らうと成長するとかで……」


 背中から生える悪魔の腕を大きな翼に変化させ、スコットは一飛びで黒い樹木の生える上層階まで到達する。


「どのくらいヤバいのか、試してやるか!」


 ジェイムスの心の籠った忠告を無視し、急接近しながら翼を再び腕に変化させて黒い樹木を思い切り殴りつける。



 ────メゴンッ!!



 青い拳の殴打を受け、黒い樹木の幹がゴッソリと抉り取られた。


 抉れた部分からは金色の樹液が血飛沫のように吹き出し、スコットの顔と部屋を染め上げる。


「……ぺっ、そうだよな。何を期待してたんだ、俺は」


 攻撃を受けたというのに、黒い樹木は爆発もせず成長もしなかった。


「あーもー! やめだ! 死にたいなんて考えても死ねやしねぇ! 馬鹿か、俺は!? こんなのにやられるなら今まで100回は死んでるってーの!!」


 ……ピキ、キ……


「ん?」


 抉れた幹から小さな音が聞こえてくる。


〈……ピギィアアアアアアアアアアアアアアアアア────!!〉


 スコットが耳を済ませた瞬間、樹木は悲鳴のような絶叫をあげ、無数の黒い触手を槍のように突き出す。


「おわっはっ! 何だああっ!?」


 スコットは黒い触手を咄嗟に躱す。抉れた幹から伸びる触手はまるで無数の黒蛇のように蠢いてスコットに迫る。


「何だこりゃあ!? 気持ち悪いっー!!」


 悪魔の腕の乱打で触手を迎撃。命中せずとも拳の余波で触手は消し飛び、黒い樹木はブチブチと音を立ててちぎれていく。


〈アアアアアアアアアアアアアアアッ!〉


 樹木は血も凍るような叫び声をあげる。


 やがて太い幹そのものが一匹の大蛇のようにうねり出し、四方八方に伸びた黒い枝までもが金色の樹液を吐き出してのたうち回る。


「……ははっ、すげえ。よその世界の木は泣き叫ぶどころか、生き物みたいに動くのか」

〈ピギギッ、ギイイイイイイイイッ!〉

「ガキの頃に見たB級映画にこんな奴いたなー。ははは、気持ち悪ぃー!」


 もはや木とは呼べぬ悍ましい黒い怪物を前に、スコットは引き攣った笑顔を浮かべた。


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