15
「……けほっ」
煙に包まれたマンションの一室で絢香が軽く咳き込む。
「ヤバいものを隠しているとは聞いていましたが……想像していたのと違うのです」
絢香の目前には部屋全体に張り巡らされた黒い根と、部屋を突き破るまでの大きさに成長した不気味な黒い樹木があった。
キキ、キキキイ……イッ
掠れた笑い声のような不気味な音を出しながら樹木は枝に小さな蕾を生やす。蕾はほんの一分足らずで金色の果物に変化し、ある程度まで大きくなるとポトリと枝から抜け落ちる……
コオオオオオンッ!
そして部屋を眩い閃光が包み込み、床のあった場所にバランスボール大の大きな穴を開けた。
「これは、ヤバそうですっ」
彩香はすぐにあの樹木を危険なものだと察知し、ハリーと名付けた十字架型超兵器を構え直す。
「ブッ飛ぶのですっ!」
もう一発、銀の砲丸を放つ。どんな化け物の肉体も一撃で滅殺してきた砲丸は黒い樹木に命中し、その禍々しい幹を吹き飛ばした。
――――ドゴォォォォォォン!!
その直後、黒い樹木は大爆発。眩い閃光と爆風が絢香の身体を吹き飛ばす。
「うああああっ!?」
何が起きたのかわからぬまま絢香は壁を突き破って廊下に転がり出る。
「むぐっ、一体……!?」
間髪入れずに今度は黒い根が無数の触手のように伸びて絢香に迫る。
「!!」
絢香は咄嗟に廊下に向けてハリーを発砲。廊下に開けた大穴から階下に離脱し、間一髪で触手から逃れる。
「ふうっ!」
3階下の廊下にドスンと着地し、すぐにハリーを構え直す。
「う、うわああああっ!?」
「ノオオオオオゥ!」
「何だよ!? 上で何が起きたんだ!?」
「……ここまでは来ない?」
開いた大穴から黒い根が伸びてくる気配はなく、絢香はハリーを構えながらジリジリと距離を取る。
「お、おい! 外を見ろよ!」
「何だ、ありゃあああーっ!?」
「……外?」
住人達の騒ぐ声が耳に入り絢香は窓から外の様子を伺う……
「わー……」
彼女が目にしたのは、先程まで自分の居た部屋から突き出し、マンション上層階を侵食するように禍々しく成長した黒い樹木の姿だった。
「【対滅の果樹】だと!? 何であんなものが此処にあるんだ!」
更に成長した黒い樹木、対滅の果樹を目の当たりにしてジェイムスは激しく動揺。直様、携帯を取り出して総本部に連絡した。
「あっ、もしもし! 秘書官ですか!? 大変です、一桁区に【対滅の果樹】が出現しました! 場所は」
「どうしたんですか、ジェイムスさん!?」
そこに喫茶店の会計を済ませたスコットがやって来る。
「スコット!? 何で外に出てきたんだ! 此処はヤバイからすぐに避難しろ!!」
「避難って……うおっ!? 何ですかアレは!?」
「とにかくマジでヤバイ奴だ! あ、はい! 秘書官! 場所は一桁区の……ええと、もうそちらから確認できると思います! 総本部の目の前です!!」
「や、ヤバイ奴って……ただの黒い木に見えるんですけど」
スコットはすぐ近くの高層マンションからニョキッと生える黒い木を見ても特に危機感を抱かなかった。
「つまりアレを何とかすればいいんですかね?」
「駄目だ! アレには絶対に手を出すな! 何があっても近づくんじゃない!!」
「え、どうしてですか? ただの変な木じゃ」
────コォォォォォォンッ!
再び閃光が周囲を包み込む。黒い木から落ちた金色の果実がまたしてもこの街の一部を消滅させたのだ。
「な、何っ!?」
「もうわかったな!? あの木から生える果物に触れたらこの世から消えちまうんだ! 攻撃しても同じだ! 奴は攻撃を受けるとその攻撃エネルギーに反応して爆発的に成長する! おまけに成長と同時に爆発して周囲の物を吹き飛ばすんだ!!」
「何ですか、それ!?」
「【対滅の果樹】、Sクラス接触禁忌生物種に指定されるとりあえずこの世に存在しちゃいけない代物だ!」
────コォォォォン、コォオオオオオン、コオオオオオオオオンッ!
対滅の果樹は次々と金色の果実を精製して落下させては周囲の空間ごと建物を消滅させていく。
「うわあああああああっ!」
「た、助けてえええええええええっ!」
「アバ────ッ!!」
誰もが羨ましげに見上げる高層マンションは黒カビの生えた穴開き棒チーズのような無残な姿に変わり果て、マンションからは逃げ遅れた住人の悲鳴が聞こえてくる。
「どうするんですか!? 攻撃しちゃ駄目って……それじゃあの木をどうやって排除するんです!?」
「……どうしようもない」
「へぇ!?」
「あのまま……あの樹の生えた地点が消滅するまで待つしかない。もし攻撃すれば成長して更に被害が広がる。あれはこの世界に出現した時点でもうどうすることも出来ないんだよ」
「……マジですか?」
「この顔が嘘をついてる顔に見えるか!?」
ジェイムスは真剣な顔でスコットに訴えかける。
あの黒い樹木がどんな世界で誕生し、どのように繁殖しているのかは一切不明。何のために果物を実らせ、そして周囲を消し去っていくのかも全く解明出来ていない。
植物という相互理解など不可能な自然の産物である上に、一度出現したらもう手の施しようがない凶悪すぎる特性から異常管理局も匙を投げる正真正銘の規格外生物。
「え……えっ!? 本当にどうしようもないんですか!?」
「どうしようもないんだよ! どうにか出来るなら止めるわけないだろ!?」
「うそおおおおおおん!?」
あまりにも清々しいジェイムスのお手上げ発言にスコットは困惑するしかなかった。