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「あー……疲れた」
「お疲れ様です、ジェイムスさん……」
「おう、みんな お疲れさん。助かったよ、本当に……」
異常管理局セフィロト総本部に程近い場所にある飲食店でジェイムス含めた数人の職員が昼食を取っていた。
「あー、酒飲みたい」
「ここ昼間はアルコール扱ってないですよ」
「……知ってるよ」
彼らは異常管理局総本部前に発生した異界門騒動を解決した英雄だ。
その中でも昼間から酒を欲するジェイムスは大賢者専属秘書官から直々に問題の解決を依頼される程の実力者で、同僚からの信頼も篤い管理局の精鋭である。
「よし、じゃあノンアルコールビールをくれ!」
「店のメニューにないですよ、ジェイムスさん!!」
「クソァ!!」
フルネームはジェイムス・K・アグリッパ。
異常管理局の前身である魔導協会設立当時から組織に貢献してきた偉大なる魔法使い一族の生まれだ。
「……そろそろ13時か、昼休みも終わりだな。本部に戻るか」
腕時計で時間を確認し、ジェイムスがカウンター席を立ったのと同時に彼の携帯に着信が入った。
「はい、もしもしジェイムスです」
『緊急事態です。ヘリを用意してますので、すぐに本部に戻って11番街区に向かって下さい』
「は?」
『急いで』
「えっ、ちょっ……待っ!」
突然の報せに困惑するジェイムスが事情を聞く前に通話が切れた。
「……」
「どうしました、ジェイムスさん?」
「行くぞ、みんな……次は11番街区だ」
「はぁっ!?」
ジェイムスはカウンターテーブルの上に代金を残して店を出る。
店を出れば直ぐそこに見える異常管理局総本部を見つめ、彼はため息交じりに己の心情を吐露した。
「……そろそろ転職も視野に入れておこうかな」
ジェイムスの儚い呟きは、目の前を通り過ぎる腕の生えたトラックの排気音にかき消されていった……。
◇◇◇◇
同刻、ウォルターズ・ストレンジハウス本社にて
『ご、ご覧ください! 【怪獣】です! 11番街区に巨大な機械の怪獣が出現しましたっ!!』
「……」
「わー、凄い! 見てよ、スコッツ君! 怪獣だってさ!!」
昼食を終えたスコット達はリビングのテレビでニュースを見ている。
その画面にはビルほどの大きさはあろうかという怪物が街中で暴れる様子が鮮明に映し出されていた。
「ウワァ……」
「酷い姿ね」
「何だぁ、あれ! あははは、ひっでぇ見た目だな!!」
テレビに映る怪獣の醜悪さにデイジーはドン引きし、ルナも真顔で苦言を呈する。
アルマだけはあははと楽しそうに笑っていた。
「あら! さっき壊されたビルは……ボブくんのお父様が経営する会社じゃありませんか!!」
「え、ボブ? 誰です?」
「ボブ君よ」
「……誰ですか」
「あらー、どうしましょう! ボブくんのお父様は無事かしら!!」
怪獣に破壊されたガラス張りのビルを見てマリアは言った。
発せられた言葉に反してその顔は実に愉快そうであり、そんな彼女の姿に老執事は眉を寄せた。
「うーん、流石にこれは異常管理局も黙っていられないだろうね。11番街区だし」
「え、あの……あんな怪物相手にどうするんですか?」
「どうするって? 異常管理局はこの街の秩序と治安を守るのも使命の一つだよ? それを脅かす相手が現れた時は管理局が誇る優秀な職員が迅速に」
>ジリリリリリリリン<
唖然とするスコットに異常管理局の崇高なる使命を教え、その働きぶりについて熱弁しようとした所で電話が鳴り響いた。
「お電話ね」
「私がお取り致します。少々お待ちを……」
「うーん、取らなくてもいいよ。電話の相手は大体想像がつくから」
「では、如何なさりますか?」
老執事の問いかけに、ドロシーは満面の笑みで答えた。
「アーサー、車を用意して。車庫から好きなものを選んでいいわ」
「かしこまりました、社長」
老執事は爽やかな笑顔で応じ、メイドのマリアもニヤニヤしながらドロシーの指示を待っている。
「マリア、杖を用意して」
「銘柄は?」
「ロイヤルスモールガジェット社製のエンフィールドⅢを二本、そしてリー・エンフィールドMK-Ⅴライフル杖を一本。ブリちゃんにも連絡を入れておいて」
「ふふふ、かしこまりましたわ」
「え、あの、社長? 異常管理局が何とかしてくれるんじゃ……」
「ふふふ、何とかする前に街区一つが無くなりそうになることも多いのよ。管理局は街全体を管理、維持しなきゃいけないから」
スコットはドロシーに言うが、彼女は『うふふ』とお上品に笑いながら返した。
「さーて、今日はちょっと大仕事になりそうだから社員総出で行こうかー」
「おっしゃー! 任せろー!!」
「そうね、皆で行きましょうか」
「えっ、オレもですか?」
「うん、デイジーちゃんも」
デイジーはまるでこの世の終わりのような壮絶な表情でドロシーを見る。
「えっ、無理! 無理無理無理! オレが役に立てるレベルの案件じゃないって!!」
「そんなことないよ、デイジーちゃんの異能力は絶対に役に立つから」
「やだ! オレやだ! やだやだやだやだ! 絶対行かない! お留守番する!!」
「そう言わずにデイジーちゃんも頑張ろうよ。新人のスコット君も出動するんだから」
「え、俺も!?」
デイジーと同じく今日は留守番する気満々だったスコットも絶望の表情を浮かべる。
「そうよ? 君の力も役に立つはずだから」
「いやいやいやいや! あんなの相手にどうしろっていうんですか! 殴れと!? あんなのに近づいて殴れと!?」
「うん」
ドロシーは頷いて即答した。
「うん、じゃねぇよ! 近づく前に潰されますよ!!」
「おら! 行くぞ、童貞! さっさと立て! 仕事だ!!」
「ま、待ってください! 無理ですって! あんな怪獣相手に俺の悪魔なんて……」
「何もしてないのに無理とか言ってんじゃねーよ! お前より長生きしてる大先輩のあたしがこのクソの掃き溜めみたいにクソッタレな世界に無理難題なんてねえことを教えてやんよ!!」
「やだぁぁぁぁぁぁー!!」
アルマに肩を掴まれてズルズルと引きずられていくスコットの姿にデイジーは何とも言えない表情になる。
「……」
「……今日はお留守番する?」
「いえ、ちょっとやる気出てきました。オレも行かせてください」
「急にどうしたの? 本当に怖いならルナとお留守番しても」
「あんな情けねぇ新人の姿を見たらなんか……頑張りたくなったんです。男として」
珍しくシャキッとした凛々しい表情でやる気を出すデイジーの姿にドロシーとルナは小さく笑った。
(可愛い)
(可愛い)
そして二人共、心のなかで全く同じことを同時に呟いた。