13
「んぎゅううう……!」
白い聖櫃がバシャリと大きな音を立てて開き、中から不機嫌そうなドロシーが現れる。
「はい、ご苦労さま。気分はどう?」
「最ッッ悪!!」
ドロシーを解放した白い聖櫃は独りでに閉ざされ、カタカタと小気味よいタイプ音と共に一枚の紙が隙間から伸びてくる。
「……」
ドロシーは苛立ちながら紙を取ってマチルダに渡す。
「んーと……」
白い聖櫃から出現した紙にはドロシーの健康状態と魔力値などが細かく記されており、これが彼女の診断書となる。
「やっぱり前より魔力値が少し落ちているわね。身体に異常は無いけど……」
「じゃあ、もういいよね。僕は帰るよー」
「こらこら、もう少し話を聞いていきなさいよ」
マチルダにぷいとそっぽを向いてドロシーは検診衣を脱ぐ。
「……気づいているとは思うけど、力を解放する度に貴女の身体は弱ってきてるわ。それに比例するようにインレの力も増しているの」
「でしょうね」
カゴに入れた下着と洋服を着直し、萎びていたアンテナをピンと立てる。
「……次に現れた時、貴女はインレに勝てると思う?」
「……わからないよ、そんなの」
ドロシーは小さくため息を吐く。
「でも、先生達は祈ってくれるでしょう? 僕がインレに勝てるように」
マチルダ達にぎこちない笑みを向け、彼女は不安を隠すようにそう言った。
「あら、おかえりなさい。ドリー」
ドロシーが面会室に戻ると、ルナが大賢者とお茶会をしていた。
「ただいま、お義母様」
「戻ったわね、それじゃあ座りなさい。お茶にしましょう」
大賢者はパチンと指を鳴らしてドロシーの分のお茶とお菓子を用意する。
「ううん、僕はもう帰るよ。またね、ロザリー叔母様」
「遠慮なんてしないで座りなさい。この紅茶は特別な茶葉をふんだんに使ったオーダーメイドの特級品よ? 中々手に入らないわ」
「……スコッツ君が待ってるし」
「プティングもあるわよ」
「しょうがないわね、少しだけよ」
中々手に入れられない特級の紅茶と好物であるプティングの誘惑にドロシーは陥落。
顔を赤くしながらルナの隣の席につく。
「……どうせならスコッツ君も混ぜてほしいんだけど」
「駄目よ」
「どうして?」
「どうしても」
スコットへの冷たい対応にムッとしながらドロシーは紅茶に一口つける。
「……っ」
「どうかしたの、ドリー?」
「……美味しい」
「ふふふ、でしょう?」
予想以上の美味しさに驚くドロシーを見て大賢者は満足げな笑みを浮かべる。
「で、でもマリアの淹れてくれた紅茶の方が好みよ」
「ふふふっ」
「そう、それは残念ね」
「……紅茶とお菓子で機嫌を良くするほど僕は安い女じゃないからね?」
それでもドロシーはスコットの扱いから大賢者に決して笑顔を見せまいと意地を張り、彼女を睨みながらプティングをパクリと頬張る。
「むぎゅっ……!」
「そのプティングも特別よ。気に入ったかしら?」
紅茶に続いてプティングも絶品。ドロシーの表情は一瞬で氷解し、幸せそうな笑顔になる。
「叔母様は本当に性格悪いよ」
「その私に似たのがドロシーよ? 自覚なさい」
「似てないよ、僕はお義母様似だから」
「そのお義母様も私に似たのよ」
「うふふっ、そうだったかしら?」
「むぐぐっ……!」
大賢者に手玉に取られて顔を膨らませるドロシーを見てルナも幸せそうに微笑む。
「でも、僕とスコット君の子供は絶対に叔母様に似ないからね。もっと良い子になるもの」
「貴女に子供はまだ早いわ、ドロシー」
「そんなことないよ!」
「ふふふっ」
「……そんなことないよね、お義母様?」
「ええ、大丈夫よ。もう貴女は立派なレディーだもの」
◇◇◇◇
「ぶぇっくしぃ……!」
不意の悪寒に襲われてスコットは大きなくしゃみをする。
「……遅いな、二人共」
面会室から出てもう30分以上経つが、二人が出てくる気配はない。
壁に飾られた絵画と見つめ合うのもそろそろ辛いものがある。スコットは中で何をしてるのかとドアノブに手をかけるが……
「ん、あれ?」
どれだけ力を籠めてもドアノブは一切動かず、力づくで引っ張っても扉は微動だにしなかった。
「な、何だこの扉!? 全然、ビクともしないぞっ!?」
「あーあー、やめとけやめとけ。そのドアは大賢者様の許可がないと絶対に開かないよ」
「はっ!?」
「やっぱり締め出されたか、今日は災難だなスコット」
スコットの背後にはいつの間にかジェイムスが来ていた。
スコットは咄嗟にドアノブを放し、ジンジンと痛む両手を振って目を泳がせる。
「え、えーと今のはですねっ!」
「中が気になるんだろ? その様子だと大分待たされているようだし」
「えーと、いや、その……はい」
「ま、あと1時間は出てこないと思うぞ。ドロシーだけならともかく今日は白兎も一緒だからな」
「あと1時間も!?」
「白兎と大賢者様は仲が良いんだ。意外に思うかも知れないが」
まだ待たされるのかと言いたげなスコットにジェイムスは同情の眼差しを向ける。
「そんなに暇なら外で気分転換でもしないか?」
「えっ」
「コーヒーや軽い食事くらいは驕るし、愚痴の一つや二つは聞いてやるさ。このまま二人を待ちたいなら無理にとはいわないが」
「コーヒーですか……」
スコットはジェイムスが何気なく口にしたコーヒーなる単語に反応する。
「……おかわりしてもいいなら」
「ああ、うん。いいよ、一杯までならな」
「行きましょう。軽食とかはいいので、ただコーヒーをください」
「あっ、うん。もう二杯くらいいいよ……驕るよ」
その返事でスコットはジェイムスに付いていくことを決めた。
彼はもう何週間もコーヒーを飲めていなかったのだ……
尚、私はコーヒーも好きです。




