12
「そういや、お前の住んでた世界と比べてどうだ? この街は」
アルマはニックを拾い上げてそんなことを言う。
「そうだな……悪い所じゃないと思うよ」
「そうかー、なら良いじゃねえか。このまま住んじゃえばさ。ここの街は楽しいところだぞー」
「……そうも言ってられないよ。あの世界には僕を待っている人がいるんだ」
この街に定住を勧めるアルマにニックは言った。
「僕の力はあの世界を救う為のものだ。僕が世界を救ってくれると信じて身を呈して守ってくれた恩人や、僕を庇って死んだ仲間もいる。僕だけこんなところでのびのびと暮らす訳にはいかないんだ。僕を信じてくれた皆のために、必ず魔王を倒さないと」
「割とのびのびとしてるけどなー、お前」
「ふぐぅっ!?」
目を輝かせて己の背負う使命と勇者の矜恃を語るニックに、アルマは少し意地悪な事を言う。
「実際のところお前もそんな堅苦しい生き方から自由になってホッとしてるんじゃないかー? 他人の期待やら命を背負っても何の得もないぞ」
「……」
「お前の命はお前の為に使うのが当然だろ。人間の癖に世界とか重いもん背負ってんじゃねーよ」
返事に迷うニックの額をコツコツとつついてアルマはニコっと笑う。
「い、いいや! 僕は絶対に戻る! これは勇者として選ばれた責任からじゃなく、僕が新しい生き方を見つける為にやらなきゃいけないことなんだ!!」
「はー、生真面目な奴だねー。そんなの調子で女にモテるのか?」
「……モ、モテるよ! 結構、色んな女の子と仲良くなったし!」
「そうかー。お前の世界の女はチョロいんだなー」
「チョロいとか言うな! 怒るぞ!?」
「こらこら、アル様。ニック様を虐めるのはやめなさい」
「あっ」
アルマからニックを取り上げてマリアはやんわりと彼女を諌める。
「世界が変われば女の好みが変わるのは当然ですわ。それにニック様は勇者という特別な肩書きがあるのですから、玉の輿や優秀な子種を狙う女が居ても不思議ではないでしょう?」
「君も酷いこと言うね! そろそろ泣いちゃうよ!?」
「あら、ごめんなさい。悪気はありませんのよ」
マリアは大粒の涙を浮かべるニックを優しく撫で、愉しげにニッコリと微笑む。
「でも、どうやって戻るおつもりなの? 異界門の仕組みは未だに解明されていないのよ?」
「そ、そこは何とかするよ。ドロシーも協力してくれるみたいだし、こちら側に来れたということはきっと向こう側にも戻れる筈なんだ」
「確証はあるの?」
「ない……だが、希望はある」
ニックの言い返しに少し呆気に取られたが、実に彼らしい返事を聞けて彼女はくすりと笑う。
「ふふふ、いいですわね。やっぱり貴方は強い人だわ、何処かの口だけは達者な小僧とは大違いよ」
「? 誰のことだ?」
「それは秘密ですわっ」
マリアは豊満な胸でニックをムギュっと包み込む。
「うふふっ、今日は奥様もお嬢様もいないので寂しいでしょう? 私が慰めてあげますわ」
「うわああああっ!?」
「あーあ、マリアに気に入られちまったな。ご愁傷さまー」
〈めぺーっ〉
「や、やめろー! はなせー! はなっ……はふううううんっ!!」
「ふふふ、ご遠慮なく。アル様の胸は小さいから物足りないでしょう?」
「あああああん!? 何か言ったか、コラァァァァ!?」
マリアの言葉が余程気に触ったのか。
アルマは耳を刃物のようにピンと尖らせながら起き上がり、凄まじい形相で彼女に飛びかかる。
「この冷血メイドがっ! ちょっと乳が大きくてスタイルが良いからって調子に乗ってんじゃねーぞ、コラァー!」
「あらあらっ。いけませんわ、アル様……あふんっ」
「――――ッ!!」
怒ったアルマは背後からマリアの胸を執拗に揉みしだく。
彼女の胸に抱かれていたニックはボヨンボヨンと荒ぶる柔肉に更なる追い討ちを受け、声にならない悲鳴を上げた。
「かぁーっ! 本当にでっけーな、もうー! 乳女ほどじゃねーけどぉー! ムカつくぅー!!」
「……うふふ、アル様のせいでニック様が大変な事になっていますわ。少し落ち着いてくださいませ」
「────ッ! ────ッ!!」
「んあー! 揉み心地良いのが更にムカつくぅー! うおおーっ!」
「もう、困った人ですわねぇ。うふふふっ」
それでもマリアは笑みを絶やさず、アルマの気が済むまで鼻歌交じりに胸を触らせていた。
(せめて、せめて僕は開放してくれないかな……マリア!?)
そして、アルマに胸を揉まれながらも彼女は決してニックを手放さなかった。
余分なパーツなど無粋! 真の勇者は頭だけでもモテる!