10
「うーん、やっぱりあの人は苦手だなぁ」
面会室を追い出されたスコットは壁に向かって正直な意見を述べる。
「本当に綺麗な人だけどなぁ……何処でルナさんと違いが出たんだろ」
絶世の美女であることは確かだ。
しかし此方に向けるあからさまな嫌悪感と、身内贔屓が過ぎる対応の差がその魅力を帳消しにする。
一度、嫌いだと決めたら最後まで嫌い続けるタイプだろう。
「……本当に社長やルナさんの身内なんだよな?」
初対面で裸を見られても笑顔で受け入れてくれたドロシー達との包容力の差にスコットは首を傾げる。
「ま、これが普通の反応なんだろうけどな」
しかし思い返せば大賢者の反応はごくごく見慣れたものだ。
大事な親族が素性の知れない余所者を婚約者だと宣い、何処にでも同行させようとするのを見せられれば普通なら抵抗があるものだろう。
得体の知れない相手から家族を引き離そうとするのも当然だ。
こんな自分を抵抗なく受け入れるドロシー達が異常なのだ。
「……何ですって?」
「彼が青い大男よ。間違いないわ」
ルナが口にした名前に大賢者は目を見開く。
「彼がそうであるという証拠は?」
「貴女はもう見たんじゃないの? 彼に宿る青い悪魔を」
「……」
「それが証拠よ」
ルナはふふふと笑って頬杖を付く。
「彼に宿る悪魔は異能力という範疇を越えているわ。あのインレを相手に戦えるんだもの。それに、あの悪魔そのものに独立した自我が芽生えているの。スコット君と彼の関係はまだわからないけれど」
「……」
「あとで【リーゼの絵】を見直してみなさい。そうすれば貴女も納得するはずよ」
「……納得しかねるわね」
一方で大賢者の表情は険しいままだった。
「仮にそうだとするなら、スコット・オーランドは後々とんでもない脅威になる可能性が高いわ。リーゼの絵にあると言うことは、彼女が生み出した存在であるということ」
「そうね」
「……なら、彼は〈彼女〉を護ろうとする筈よ。あの絵にあったように……彼女の親友のインレもね」
大賢者はルナの目を見つめながら言う。
「でも、彼が護ったのはドリーよ」
ルナは大賢者に言う。
「少なくともスコット君と青い悪魔はインレを敵だと認識しているわ。最後までインレと戦ったのがその証明よ」
「……」
「きっとあの絵に描かれた大男は、自分を護るためじゃなく……」
「相変わらず貴女は夢見がちね」
そんなルナの話を大賢者は目を瞑って遮った。
「絵が書かれたのはいつだと思っているの? ドロシーが生まれるずっと前よ。その時にもう娘の存在を認識していたというの?」
「有り得ない話では無いでしょう? 現に私が夢で彼を見たんだから」
「……」
「彼ならドリーを救ってくれるわ。必ずね」
自信に満ちたルナの言葉に大賢者は小さく溜息をつく。
「……そこまで言うなら、少しの間様子を見ましょう。ただし彼の脅威レベルは下げないわ。もし彼が此方にとって危険過ぎる存在だと判断した場合、迷わずに無力化します」
「それで構わないわ」
「でも、ルナ……そこまで貴方が彼を気に入った理由は何? いくら何でも入れ込み過ぎよ?」
「ふふふっ」
ドロシー程ではないにせよ、ルナのスコットに対する並々ならぬ好意に大賢者は困惑する。
「彼の何にそこまで惹かれたの?」
「そうね……あの人に似ている所かしら」
「似てないでしょう」
「いいえ、よく似ているわ。自分の命を何とも思ってないところと、やる時はとことんやるところがね」
「……」
「後は……ふふふ、顔の可愛さと身体の相性よ」
未亡人でありながら、ルナは堂々とそんな事を言ってのける。
「ウォルターが聞いたら卒倒しそうね」
「まさか、むしろあの人なら笑って許してくれるわ」
「はぁ……そう。私と貴女の間では彼のイメージに大きな違いがあるわね」
「それはそうよ、私は彼の妻だもの。貴女の知らないところや知りたくなかったところまで全部知っているわ、お母様」
「そう呼ぶのはやめなさい。誰かに聞かれれば誤解されるわ」
誂うように『お母様』と呼ばれて大賢者はなんとも言えない顔になる。
「ロザリーよりはマシでしょう?」
「ロザリーの方がまだマシよ。本当はそう呼ばれたくもないけど」
「ふふ、相変わらずね」
「そういう貴女は変わりすぎよ」
大賢者はパチンと指を鳴らす。するとルナの前に紅茶とお菓子が現れ、空になっていた大賢者のカップも紅茶で満たされた。
「あら」
「まぁ……今日は特別よ。ゆっくりしていきなさい」
「ふふっ、ありがとう。それじゃあスコット君も呼んでいいかしら?」
「それは駄目よ」
ルナが部屋の外で待たされるスコットを呼ぼうとすると、大賢者はピシャリと即答する。
「彼の何処が嫌いなの? ロザリー」
「さぁ、自分でもわからないわ」
得体の知れないスコットへの警戒か、それとも可愛いドロシーを奪われた事への嫉妬か。
兎にも角にも彼に対する大賢者の態度は冷たかった。