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二度目の赤札に怖気づいてしまいましたが、紅茶のお陰で立ち直れました。
「いつまでお義母様に甘えてるのよーっ!」
「ち、違いますって! これはっ!」
「むきゃーっ!」
ドロシーは痺れを切らせてスコットに飛びつく。
「しゃ、社長! ちょっと落ち着いて……」
「お義母様も! いい加減に彼を放して!!」
「ふふふ、もう少しだけ」
「そう言ってずっと抱きしめてるじゃないのー!」
「ふふふっ」
「ふふふじゃ許されないのよーっ!!」
ドロシーはルナからスコットを取り返そうと彼の腕を引っ張る。だがルナも彼をギュッと抱きしめて放さない。
(……あれ、少し前にもこんな目に遭わなかったかな……)
ルナの胸に顔面をホールドされながら虚ろな目をしたスコットは回想する。
(……何でこの人達はこんな俺なんかを取り合うんだろう。イケメンでもなければ金持ちでもないのに)
スコットは数日前に風俗店で起きたあれこれを思い出しながら考える……
「お義母様ーっ!!」
「ふふふふっ」
だが、どういった心変わりか。こんな扱いも悪くない。
外の世界では悪魔の子と忌み嫌われて暗い日々を過ごしていた彼だが、この街に来てからそこそこ充実した日々を過ごしている。認めたくはないが、正直なところ今現在の生活に満足しているのだ。
(……)
このまま彼女達に身を委ねるのも悪くない。スコットはそう思い始めていたが……
「お嬢様、総本部に到着いたしました」
「むむっ!?」
「お迎えの方もお見えになってますよ」
「はっ!」
老執事の言葉で正気に戻ったスコットが顔を上げると、お迎え役を命じられたジェイムスが死んだ魚のような目で此方を見ていた。
「相変わらずラブラブだな、お前らは」
「あー、えーと……あれはですね。そのー」
「恋人なんだから当たり前でしょ。今更、僕の事が気になっても遅いよ? もう僕はスコッツ君の女なんだから」
「冗談でも殺したくなるからやめてくれない?」
物凄い気まずい空気の中でスコット達は異常管理局セフィロト総本部の中を歩く。
「……しかし、まさかアンタまでスコットを気に入るなんてな」
「ふふ、自分でも驚いているわ」
ジェイムスの問いにルナも少し困った笑顔で返す。
「ジェイムスとアーサー以来よ、あの人以外に私が惹かれたのは」
「涼しい顔で偉大な爺様の名前出さないでくれないかな?」
「え、お爺さんの名前もジェイムスなんですか!?」
「そうだよ、悪いかスコットコノヤロー。俺だって困ってんだよ」
「だから僕はキッド君て呼んでるのよ。ジェイムス君て呼ぶと君が嫌がるからー」
「キッド君の方が屈辱だ、バカヤロー」
「ふふふ、貴方も素敵よ?」
「やめてくれよ、死にたくなる」
ジェイムスは魂が抜け出しそうな程に重い溜息を吐く。
「……なぁ、スコット」
「な、何ですか?」
「……これから大変だぞ、わかってるのか?」
今更な感が拭えないがスコットに一応忠告する。
「……まぁ、覚悟はしてますよ。俺は」
「何が大変なのよ。僕がお嫁さんになるんだからこの先大変な事なんて何一つないでしょ」
「ファッ!?」
「社長ーっ!?」
空気を読んだのか、読まなかったのか。ドロシーはジェイムスに向けてハッキリと言い放つ。
「お嫁さんって……マジか!?」
「いやいやいやいや! 気が早いですよ、社長!?」
「結婚式にはキッド君も来てくれるよね?」
「社長!?」
「スコット……」
「社長の言葉を真に受けないでくださいよ!? まだ社長とはその……ええとっ!」
「なーに? スコッツ君??」
その場を誤魔化そうとしたスコットを見つめ、ドロシーは不敵に笑う。
「僕にあんなことやこんなことをしておいて今更逃げられると思ってないよね? 勢いだとか僕に気圧されたなんて言わせないよ? 僕とは身体だけの関係とも言わせないよ、目を見ればわかるからね。君がそんな男じゃないことは知ってるし、そんな男に僕が惚れるわけないじゃない。僕に催眠術とか洗脳が効くなら今の今まで純潔を守れるわけないし、100年以上も生きてれば目を見るだけでどういう人なのかわかるからそんなクズは初対面で即ブチ殺せるわ。同じベッドで寝るなんて夢を見る前にゴー・トゥ・ヘルよ。馬鹿にしないでくれる? 大体、此処に来るまでにも」
「すみません、すみません! ごめんなさい! 勘弁してください!!」
この期に及んで舐めた言い訳をしようとするスコットにドロシーは何かのスイッチが入ったかのように笑顔で捲し立てる。スコットは顔中に汗を浮かばせながら平謝りし、この僅かな応酬でジェイムスは二人の関係性を察した。
「ふふふ、お似合いでしょう?」
「まぁ……そうだね」
「ジェイムス君も頑張ればいいお相手になれたかもしれないのに残念ね」
「……」
ルナは満面の笑みで言う。冗談か本心かは不明だが、その一言がジェイムスに与えた精神的ダメージは計り知れない……
「……スコット」
「な、何ですか? ジェイムスさん」
「ドロシーと、幸せにな……」
「ジェイムスさん!?」
それはスコットへの祝福か、それとも呪縛か。ジェイムスは頬に涙を伝わせながらスコットに言い放った。
やはり紅茶は偉大です。