3
「むむむむ……」
無言でスコットを見送った後、ドロシーはルナの方を向く。
(……今日のお義母様……少し違うわね)
頭のアンテナをみよんと揺らし、いつもと雰囲気が異なるルナを警戒する。
「どうしたの、ドリー?」
「ううん、何でもない。ただ……」
「?」
「あの人は渡さないよ?」
ドロシーはキリッとした顔でルナに言う。
「ふふふ、安心して。可愛いドリーのお相手を取ったりしないわ」
ルナは満面の笑みでドロシーに返した。
(これは間違いないね)
その一言でドロシーは確信した。ルナはスコットを狙っていると。
彼女がスコットを気に入っているのはわかっていた。それでも今まで向けていたものは好意と親愛の情。あくまでも未来の娘婿、新しい家族に向けるプラトニックなものだった。
しかし、今日は違う。あの顔は完全に彼を【男】として見ている。
「あははー、だよねー」
「ええ、安心しなさい」
「うふふふー」
「ふふふっ」
ドロシーは癖毛をピンと立て、スコットを義母の魔の手から守るべく思案を巡らせる……
(あらあら、困ったわ。少し顔に出しすぎたかしら)
いつもの可愛い笑みを向けながらも癖毛を立てて警戒するドロシーを見てルナは頬に手を当てる。
(本当にドリーから彼を奪うつもりは無いのよ。だからそんなに身構えないで……)
(ただ、私も女として見て欲しいだけなの)
タチの悪い事にルナにはドロシーと争うつもりは一切ない。彼女からスコットを横取りする気も無ければ、二人には結ばれて素敵な跡継ぎを作って欲しいと真剣に思っている。
それはそれとしてスコットに惹かれているだけであって。
ガチャッ。
二人の魔女が見つめ合う中、問題のスコットが戻ってくる。
「あ、どーもすみませ……」
物凄い勢いで此方を向くドロシーと、余裕の態度でゆっくりと笑みを向けてくるルナを前にスコットは戻って来たことを即後悔した。
(……あ、やべえ)
家の外で徹底抗戦する意志を固めたのも束の間。戦闘モードに移行したドロシー達を見て『どうして戻ってきたんだ』と己の判断ミスを呪う。
「おや、スコット様。もう大丈夫なのですかな?」
「……多分、大丈夫です」
「うふふふ、それは良かったですわ」
\ジリリリリリリンッ!/
死地に舞い戻ったスコットにトドメを刺すように鳴り響く電話のベル。
「アーサー」
「はい、ただいま」
ドロシーに命じられて老執事は電話に出る。
「はい、もしもし。おや……これはまたお珍しい方が。ああ、なるほど……もうその時期ですか」
「……」
「はい、いらっしゃいます。はい、お代わりしますね」
「アーサー、誰からなの?」
老執事は受話器を抑えてドロシーの方を向く。
「大賢者様です」
まさかの相手にドロシーは目を見開く。
「どうして? 僕は何もしてないよ?」
ドロシーは嫌な予感を感じながら受話器を受け取って通話を代わる。
「もしもし……」
『私よ、ドロシー』
「どうしたの、ロザリー叔母様? 私に何か用? お説教と世間話ならこのまま切るよ?」
『説教したいのは山々だけど、今日は別の用事よ』
「何よ?」
『今日は貴女の検診の日よ、ドロシー。すぐに本部までいらっしゃい』
「あっ」
大賢者からすっかり忘れていた【検診】の事を伝えられてドロシーは青ざめる。
「……」
『あの魔法を使ってからそろそろ一月が経つわ。色々と検査したいこともあるから』
「今日じゃなきゃ駄目?」
『駄目よ』
「ううっ!」
母との決戦前に即効で出鼻を挫かれたドロシーは電話台の前で崩れ落ちる。
「……」
『ドロシー?』
「わかった、今から行くわ」
しかしすぐに気持ちを切り替えてすっくと立ち上がる。
(……むしろこれは好都合よ)
まだ焦る必要は無い。
このままスコットと一緒に異常管理局セフィロト総本部まで行けばいいだけの話だ。ルナにはこのまま家で留守番をお願いして悠々と二人でデートを楽しむ。正に渡りに船。
「それじゃ叔母様、また後で」
『それと、今日はルナも一緒に来るように伝えてちょうだい。彼女にも少し確かめたい事があるから』
「ふえっ!?」
……と勝利を確信した所でまさかの追い討ちを喰らうドロシー。
「ど、どうしてルナまで!?」
『? 彼女と一緒だと何か問題でもあるの?』
「え……べ、別に……」
『そう。じゃあいつもの部屋で待っているわ』
「……」
ドロシーは受話器を置いて再び電話台の前で膝をつく。
「んぎゅうう……!」
「如何なさいました、お嬢様? まさか身体のお調子が……」
「何でもないわ、アーサー! すぐに車を用意しなさい!」
「はっ、今すぐに」
やや語気の荒い命令を受け、老執事は姿勢を正していそいそと準備に取り掛かる。
「マリア! いつもの杖とコートを!」
「かしこまりましたわ、お嬢様」
半ば八つ当たりするようにマリアにも命令すると、うぐぐと唸りながら立ち上がってルナの方を向く。
「どうかしたの、ドリー?」
ルナはこうなるのを予想していたかのように余裕げに言う。
「むむむむむぅ……!」
そんなルナの態度にカチンときたドロシーは、今まで彼女に見せた事もないような膨れっ面でぷいと背を向ける。
「……お義母様も一緒に来て。叔母様が呼んでるわ」
「わかったわ、ドリー」
ルナにそう言ってドロシーは玄関に向かう。スコットは妙にピリピリした空気に困惑して立ち尽くしていたが
「スコット君!」
「アッハイ!」
「命令よ、君も一緒に来なさい」
「アッハイ!」
明らかに雰囲気が変わったドロシーに怖気づいてしまい、アッハイとしか言えないまま彼女について行った。
「……もう、そんなに機嫌を悪くしなくていいのに。まだまだドリーも子供ね」
「……」
〈めぺーっ〉
「ニック君もそう思わない?」
「……ソウダネ」
地獄の一丁目めいた修羅場から逃げることも耳を塞ぐことも出来ないニックは、メリーにカリカリと引っ掻かれながらウンウンと頷くしか無かった。