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幻騒のカルネヴァーレ ~Carnevale of Phantasm~  作者: 武石まいたけ
chapter.20「汝の愛を選び、汝の選びを愛せよ」
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「ん……っ」


 日が昇ったばかりの早朝にルナが目を覚ます。


「あら……」


 ふと頬を伝う冷たい感触に触れ、自分が泣いている事に気付いた。


 どうして泣いているのかはわからない。悲しい夢でも見たのだろうか。青い瞳から零れる涙を指で拭い、高鳴る胸にそっと触れる。


「……ふふ、困ったわね」


 涙の理由はわからないが、その鼓動の意味は隣を見れば何となく察せられた。


「んゅう……」

「ぐぐ……」


 彼女の隣では愛娘のドロシーとスコットが寝息を立てている。


 百幾十年を経てドロシーがようやく見つけた伴侶。人の子から生まれながら、その身と心に悪魔を宿した青年……


 ドロシーと出会うべくして出会った運命の子。


「あの人が見たらどんな顔をするかしら」


 ルナは夢を介して娘よりも先に彼と邂逅している。


 最初はドロシーにピッタリな素敵な男性、あくまでも未来の娘婿という印象しか抱かなかった。亡き夫を彷彿とさせる顔立ちと逞しい身体に興味は湧いたが、それだけだと。


 しかし、実際に会ってみるとその印象は大きく変わった。


 自己評価の低い弱気な表層意識の裏で躍動する強烈な闘争心と殺人衝動。自分の生命を全く省みないどころか自ら死を望んでいるかのような戦い方。普通の人間はおろかこの街の住人ですら忌避するドロシーを受け入れる異常な包容力と順応性……


 気がつけば彼女は、この青年に強い関心を示すようになっていた。


「……」


 もっとスコットの事が知りたい。そんな欲求が日に日に強くなっていく自分が嫌で彼女は頬を抓る。


「駄目よ、この子はドリーのお相手なんだから」


 すうっと息を吸って心を落ち着かせる。夫を失ってから100年を経て、彼以外の相手に初めて抱いた奇妙な感覚。あんな夢さえ見なければ。あの時、肌を重ねなければと自らの身体を疎みながらルナはベッドを出ようとした。


「ぐうう……」


 そんなルナの細い腕を寝ぼけたスコットが掴む。


「あ……」

「……行くな……」

「スコット君?」

「うぅ……駄目だ、行くな……行くな……」


 夢にうなされているのか。スコットは苦しそうに呻く。


「……俺も、すぐに行くから……行かないでくれ……」

「……」

「……キャサリン……ッ!」


 顔を歪めながらスコットは誰かの名を呟く。


 きっとその名は彼の大切な人の名前だろう。よほど辛い別れ方をしたのか、聞いたこともないような悲しく弱々しい声でその名を呼ぶスコットにルナの瞳は見開いた。


「そう……貴方も……」

「……ううっ」

「貴方も、()()()()()()()()()()()()()


 彼に夫を失った自分を重ねてしまったルナはそっとベッドの中に戻る。


「ふふふっ、本当に……困ったわね」


 そして困ったような笑みを浮かべ、スコットに優しく口付けした。


「んっ……ちゅっ……」


 一度だけのつもりが二度、三度。ルナは寝ているスコットの唇を奪い、その度に胸が高鳴るのを感じる。


「ん……ふふっ。まだ、ドリーが起きるには時間があるわね……」


 ルナはスコットの目に滲む涙を指でそっと拭って彼の身体に抱き着く。


「……大丈夫、取ったりしないわ。少しだけ、ほんの少しだけだから……」


 それは寝息を立てる愛娘に言ったのか。それとも自分に言い聞かせているのか。


 薄っすらと頬を染め、唇から湿った息を漏らしながら白兎はスコットに肌を重ねた……



「う……うっ?」


 小鳥のさえずりでスコットが目を覚ます。


「んぎゅう……」

「はぁ、本当に。こんな俺の何処が良いんですかね……」


 隣で眠るドロシーに照れくさそうに笑いかけてから彼は起き上がる。今日はルナがベッドに居ないことに心から安堵しつつ、珍しく清々しい表情で朝の陽気を浴びた。


「あー、今日はいい日になりそうだ」

「あら、おはよう。スコット君」


 ルナが寝室のドアを開けて入ってくる。


「あ、おはようございます」

「ふふふ、よく眠れたようね」

「ははは……まぁ、そうみたいです。なんだか今朝はやけに調子が良くて……」


 そう言って頭を掻くスコットを見つめてルナはくすくすと笑う。


「アーサーが朝食を用意してくれたわ。ドリーと一緒にいらっしゃい」

「ありがとうございます」

「ふふふっ」

「? どうかしました??」


 いつも優しい笑顔が素敵なルナだが、何故か今朝の彼女は妙に機嫌が良く 頬に手を触れてずっと笑っている。


「ふふっ、何でもないわ。ありがとう、スコット君」

「???」

「さぁ、ドリーを起こしてあげて。朝食が冷めてしまうわ」


 不思議そうに首を傾げるスコットに妖しく笑いかけながらルナは寝室を出た。


「うふふ、奥様は本当に悪い女ですわねぇ」


 ドアの向こうで待っていたマリアがルナに言う。


「本当ね。自分でも驚いているわ」

「お嬢様にバレたら大変ですわよ?」

「そうね、気をつけないと」

「うふふふっ」

「どうかしたの、マリア?」

「いいえ、久し振りに雌兎(おんな)の顔をした奥様が見れたものですから」


 ()()()()()()()()()()()()()に期待しながら、マリアは満面の笑みで言った。



chapter.20「汝の愛を選び、汝の選びを愛せよ」 begins....


頑張れ、スコット君!

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