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展開が二転三転した本エピソードですが、このラストだけはブレませんでした。
「……今の顔はどうかな、アトリさん」
「ふふふ、前よりもっと可愛くなりましたね」
「本当に?」
「ええ、本当に。可愛いです」
タクロウは知り合いに用意してもらった新しい顔をアトリに見せて照れくさそうに笑う。
「新しい顔の調子はどう?」
「……すげー、ヒリヒリする」
「痛覚あったのね、アンタ」
「馬鹿にしてんのかテメー」
知り合いの名前はブレンダ。掃除屋時代にバディを組んでいた男の元恋人である。
「少しの間は我慢しなさい。明日には痛みも引くでしょ」
「……ありがとよ」
「アンタからお礼を言われるのは久しぶりね、悪寒がするわ」
「代金は拳骨一括払いでいい?」
「やめて?」
「冗談だよ」
実はブレンダも掃除屋の関係者であり、タクロウの義体改造手術にも携わっていた。
その為タクロウは本気でブレンダを嫌悪し、ブレンダもキースを死なせてしまったタクロウを憎んでいた。しかし時が経つにつれて互いに丸くなっていったらしく、少なくとも今では普通に会話できる程度には関係が改善している。
「……ま、可愛い助手が迷惑かけちゃったから。料金はまけてやるわ」
「……あの子も掃除屋か」
「ええ、キースの後を継いでね。元々、あの子達はキースが面倒を見てたのよ」
神様の悪意を感じる巡り合わせにタクロウは苦笑する。果たして雲上のキースは一連の騒動をどんな顔で見ていたのだろうか。
「身寄りのないあの子達がこの街で生きていけるように、キースが色々と仕込んだらしいの。と言っても教えたのは剣術と武器の扱い方くらいだけど」
「死ぬまで俺には何も教えなかったな……アイツらしいと言えばアイツらしいが」
「キースはあの子達を掃除屋に関わらせたくなかったんでしょ。というか、死ぬまで自分が掃除屋だってことを教えなかったらしいわ」
ブレンダは憂鬱げに煙草を咥えて火を点ける。
「ふー……私があの姉妹に会ったのは葬式の時よ」
「……大の子供嫌いだったお前が子守りをねぇ」
「お陰で今はすっかり子供好きになったわ。人って変われるもんなのね……ついでに新しい自分にも目覚めちゃったけど」
「妹さんが知ったらどんな顔するかね」
「もう知ってるわよ。たまに会いに来るし」
「はー、彼女がわざわざお前に会いに来るか?」
「当然、私じゃなくてあの子達によ」
ブレンダはそう言って厭味ったらしく笑う。
仲が悪い訳でもないのに微妙な距離を保ち続ける不器用姉妹にタクロウも何とも言えない顔になった。
「あの子が掃除屋になるのを止めなかったのか」
「ふー……、何の義理があって? 私はキースじゃないんだから、女の進路にケチつけるほど立派な人間でもないの」
「……」
「『先生のようになりたい』『もう自分たちのような人が増えないようにしたい』とか言ってね。健気すぎて思わず泣きそうになったわ」
「お前が改造したのか?」
「まさか、流石の私でも可愛い女の子二人を化け物に改造したりしないわ……それにもうアイツらとは縁を切ったしね」
ブレンダの返事にタクロウは小さく溜め息をつく。
「絢香はアンタの店でバイトしてるらしいわね」
「『先生のお手伝いするよりもずっと楽しい』とさ。本当にいい子だね」
「いくら可愛くても、手を出しちゃダメよ? 訴えてやるわよ??」
「お前と一緒にすんな。それに俺は嫁さん一筋なんだよ」
タクロウは治療費の詰まった分厚い封筒をベッドに置き、ブレンダの診療所を後にした。
「ふふふ、すごく可愛いっ」
「ははは……ありがと」
タクロウは新しい顔をポリポリと掻く。以前の顔とは殆ど違いが無いのだがアトリにはとても可愛らしい顔に見えているようだ。
「え、えーと……そろそろ帰ろうか」
「ふふっ、そうですね」
「……そんなに可愛い?」
「ええ、とっても!」
ご満悦のアトリに手を引かれ、タクロウは顔を赤くしながら家に向かった。
◇◇◇◇
「おはようなのですっ」
「おはよう、もう夕方だけどね。それと今日のお店はお休みだよ?」
その日の夕方頃、アルバイトの絢香がビッグバードにやってきた。
「このお店に居るほうが落ち着くのです。中に入れてください」
「そっかー、それじゃあ仕方ないなー! ところで、今日の俺の顔を見てどう思う?」
タクロウは新調した顔を指差しながら絢香に聞く。
「怖いのですっ」
「はっはっ、だよねー」
絢香は即答した。やはり妻以外には恐ろしい顔に見えるようで、わかってはいても『怖い』と断じられたタクロウは少し傷ついた。
「でも、前よりはずっとマシです」
「そりゃ……昨日まで顔が無かったからね」
「アトリさんはいないのですか?」
「ん、アトリさんは二階だよ。ほら、冷えるから中に入りな。せっかくだからオムレツ焼いてやるよ」
「やったのですっ!」
オムレツを焼いてもらえると聞いて絢香は嬉しそうに両手をグッと握る。
「そんなに嬉しいのか? オムレツくらいブレンダも作ってくれるだろー」
「おじさんのオムレツが一番美味しいのです」
「ははっ、そうかそうか。そう言われるとおじさん気合い入れて焼いちゃうぞー!」
「わーい!」
「……」
アトリは2階のリビングに置かれた花瓶をじっと見つめ、そっと胸に手を当てる。
花瓶にはある男に贈られた白い花と菊の花が飾られ、花瓶のすぐ傍には彼の家から持ち出した写真立てが置かれている。
白い花はあの花瓶に飾られた一輪を除いてもう残っていない。マークの死後、白い花はまるで彼の後を追うようにして一斉に枯れてしまった。マークが死んでその役目を終えたからか、彼の胸に宿っていたソーマの一部が破壊されたからか……詳しい理由はわからない。
ただ、アトリに贈ったこの一輪だけは今も枯れずに残っていた。
「……私たちも、いつかそちらに行きますから。その時にまたコーヒーを淹れてあげますね」
アトリは花瓶の花と、近くに飾られた写真立てに話しかける。
白い花を見るたびにマークを思い出す。きっと彼女はこれからもあの出来事を思い出しては泣いてしまうだろう。愛する夫が殺めてしまった優しい男の事を。
『おーい、アトリさーん! ちょっと早いけど夕飯にしようー! 今日は絢香も一緒だぞー!!』
『降りてくるのですーっ』
「ふふっ。はーい、今降りますー!」
小さな白い花をそっと撫で、アトリは1階へと降りていく。
写真に映るリヴハウマー夫婦は、夫の所へ向かう彼女を見送っているかのように優しく微笑んでいた。
幸せを呼ぶ、黒い花束をその腕に抱きながら。
chapter.19「顔のない髑髏」end....
やはり紅茶の導きは偉大です。