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幻騒のカルネヴァーレ ~Carnevale of Phantasm~  作者: 武石まいたけ
chapter.19「顔のない髑髏」
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「……以上が、今回の事件の報告になります」

「……ありがとう、サチコ」


 翌日、サチコは大賢者に昨日の事件について報告していた。


 事件の犯人であるマーク・カルターナカは死亡。彼の協力者である違法薬物の売人達も一人を除いて全滅した。生き残りから()()()()()情報により、白い花の買い手や秘匿場所も割り出す事が出来た。


「売人達に白い花を流したのはマークではなく、白い花の買い手だった裏組織の幹部でした。マークにまだ良心があったのかはわかりませんが、彼の知る限りではマークはチンピラにだけは白い花を渡さなかったようです」

「……サチコ、貴女は15年前の【ブラックフラワー(黒い花)の祝福】という事件を知っているかしら?」

「……情報だけは」

「少し前の話だし、記憶処置も徹底したから覚えている人の方が少ないでしょうね……」


 大賢者はマークという男の正体に薄々感づいていた。


 15年前に二桁区で流行したブラックフラワーの出荷元として掃除屋に処分されたヴェーダ・リヴハウマーという男が処理場から脱走し、近年になって漸く処理された。しかし、多くの犠牲や負傷者を出して尚も確保できなかった男が、警察の手で呆気なく捕らえられたという点が気になっていた。


「あったのよ……今回とよく似た、悲しい事件がね」


 逃亡生活に疲れ、何もかも諦めたという尤もらしい理由も考えられた。しかし、確保された男は偽物で、本物のヴェーダはまだ何処かで生きているのではないか? 大賢者を始めとする一部の職員はそう疑っていた。だから表面上は解決したという事で終わらせ、ほとぼりが冷めた頃に彼が再び活動するのを密かに待っていたのだ。


 結果としてヴェーダは再び姿を現した。だがそれは管理局には考えもつかないような理由であった。


「本当に、嫌な考えほど狙い通りになるものね……」

「……大賢者様?」

「何でもないわ、サチコ。今日はもう休みなさい」

「はい、それでは……お先に失礼します。大賢者様」


 大賢者はサチコが部屋を出た後、暗い表情で窓の外を見る。


「……」


 15年前、黒い花で生計を立てていたリヴハウマー夫妻の処理を許可したのは彼女だ。


 だが、リヴハウマー夫妻に悪意はなかった。少なくとも、二人は黒い花が街に齎した被害について何も知らずに黒い花を売っていたのだ。


 夫妻にとってその花は、間違いなく幸せを呼ぶ花だったのだから。


 この街に来てしまったこと、その花が街に潜む畜生共にとって有用過ぎた事、何よりも異常管理局と掃除屋(クリーナー)に危険因子として見なされてしまった事が二人の不幸だった。


リンボ・シティ(辺獄都市)……ね。彼にとってこの街は、本物の地獄に見えたでしょう……」


 大賢者は澄んだ青空を見上げながら呟いた。



 ◇◇◇◇



 数日後、リンボ・シティ13番街区。喫茶店 ビッグバードにて。


『二桁区で流行していた危険薬物【ソーマ】の原料である白い花の一斉摘発が先日行われました。管理局によると、既に……』

「ソーマ……確か、どっかの神話に出てくる不老不死の薬の名前だっけ?」

「いや、知らねぇ。興味もねぇ」

「馬鹿の癖して妙な知識だけは豊富だなジャックは」


 ソフトドリンクをちびちびと飲みながら、三馬鹿は店に備え付けられた大型テレビでニュースを見ていた。


「誰が馬鹿だテメー、コノヤロー!」

「おまたせしました、らいぎょーふのふらいなのですっ」


 ビッグバードのエプロンを着た絢香が馬鹿達の席に料理を持ってくる。


「ありがとー、絢香ちゃん! 今日も可愛いよ!!」

「ありがとー、バカリーダー。少し嬉しいのです」

「バカリーダーはやめてくんない?」

「駄目ですよー、絢香ちゃん。お客様にバカなんて言っちゃ!」


 あの事件から少し経ってからビッグバードは営業を再開した。


 深い悲しみに暮れていたアトリだったが、この店を愛する人々の温かい声や とある魔女 の援助もあって無事に立ち直れたようだ。


「すみませーん、注文いいですかー?」

「はいはーい」

「私が聞くのです。ご注文は?」

「あ、じゃあこれとこれ……ケチャップ多めにつけといてね」


 そして営業を再開してから、絢香はこの店にアルバイトとして通うようになった。


 せめてもの罪滅ぼしのつもりだろうか。彼女は慣れない接客に四苦八苦しながらも頑張っている。あの騒ぎの原因でもあるせいか、最初は非難轟々であったがアトリが彼女を庇った事で馴染みの客達も落ち着いた。


「……しかし、本当に優しいなアトリちゃんは」

「そうね、私ならあの子を許さないと思う……でも」

「きっと、店長も……あの子を許しただろうな」


 マークがこの店で暴れてから数日が経過したが、タクロウは未だに帰って来ない。


 愛する妻とこの店を置いて彼が何処に居るのか……それはアトリにもわからない。


「あの、アトリ……さん」

「なぁに?」

「その……おじさんは」

「もう、いいのよそのことは。ほら、お客様の前では笑顔……それが一番大切なことよ?」


 絢香が申し訳なさそうに言った言葉を、アトリは笑顔で流す。


「それにね、あの人……寂しがり屋だから」

「……」

「ふふふ、すぐにでも帰ってきますよ」


 アトリは絢香の頬に触れながら優しい声で言う。絢香は思わず涙ぐむが、両頬を思い切り叩いて堪えた。


「……その時に、ちゃんと謝るのですっ」

「ふふふ、それじゃあ少しお客様の相手をお願いね。私は厨房で料理を作ってくるから」


 二人の会話に聞き耳を立てていた常連達は思わず目を抑えて啜り泣く。


「……ごめん、ちょっと目にゴミが」

「俺もだわ、ちょっと目にモルツビネガーが入って……」

「やめてくれよ、本当に。俺、この店でかっこ悪い姿見せたくねえんだよ……」


 殺伐とした13番街区、真の魔境と揶揄されるこの街区で交わされた温かい会話。


 彼らはこれからもこの店に通い、彼女達を見守っていくことを硬く心に誓った。


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