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幻騒のカルネヴァーレ ~Carnevale of Phantasm~  作者: 武石まいたけ
chapter.19「顔のない髑髏」
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26

 ────いつからだろう? 自分の過去が恐ろしくなったのは


 ────いつからだろう? 彼女と過ごす時間が怖くなったのは


 ────いつから……


 ────いつから、俺は やり直せると思い込んでいた?



 スカル・マスクは血に染まった拳を見つめ心の中で呟いた。


「……」


 忘れられぬ暗い過去に心を蝕まれながら、かつての自分が生み出した哀れな亡霊に目をやる。


「ぐ、ううう……!」

「……もう、いいだろう? ヴェーダ」

「……!」

「もう、終わりにしよう」


 スカル・マスクはそう言ってヴェーダに歩み寄る。


「……わかっていたさ、わかっていたとも……だが それがどうした……?」

「……」

「今更、退けると思うか……!?」


 ヴェーダは立ち上がる。立ち上がったその身体からは血が吹き出し、彼には既に戦う力が残っていない事を物語る。しかし、それでもヴェーダの瞳から闘志は潰えない。


「私にはもう……何もない。君とは違う……何も、ないんだ……」

「……」

「私の全ては、15年前に失われた。今此処に居る私は……ただの、(ゴミ)さ!!」


 左腕の刃を再生させ、ヴェーダは両足に力を込める。自分に残されている力はただ一撃分……その一撃に今までの全てを乗せ、スカル・マスクに叩きつけるつもりだ。


 この呪われた15年間の全てを、ヴェーダという亡霊の存在意義(すべて)を乗せて。


「……我らが求むは、救いにあらず」

「……!」

「……我らが、求むは」


 スカル・マスクは拳を握りしめ、静かな声で呟く。


 二度と口に出さないと決めていた、彼らの教義。掃除屋(クリーナー)が抱える黒き理念。罪深き処刑人が背負う戒律……許される事のない、過去の自分に向けた呪言。


「……救えぬ魂の、安寧なり」


 その言葉を聞いてヴェーダは、狂ったように笑いだした。


「ははっ、はっ……ははははは……はははははははははーっ!!!」


 笑いながらスカル・マスクに飛びかかる。


 彼の全てを込めた魔剣の一撃は、スカル・マスクの左腕に受け止められた。ヴェーダの斬撃は冷たい腕の肉を裂き、金属の骨にまで達したがその腕を切り落とすには至らなかった。左腕からは血が吹き出すが、スカル・マスクはまるで意に介さず、右拳に血がにじむまで力を込める。


「……祈れ、せめて 迷わず妻の所へ行けるように」


 それはヴェーダに向けるせめてもの情けなのか。


 それとも、自分が犯した罪への懺悔なのか。


 スカル・マスクはその一言だけを呟き、幾多もの怪物を屠ってきた渾身の拳撃を放とうとした……


「待って、お願い!」


 不意に耳に飛び込んできたのは、誰よりも愛しい女性の声。スカル・マスクはほんの一瞬だけ動きを止めた。


「あなた……っ!!」


 だが、愛する妻の声を聞いても 彼の握りしめた拳は緩まる事はなく



(アトリ、君の声はもう……)



 ヴェーダはスカル・マスクの動きが止まったのを見逃さずに左腕から刃を引き抜き、今度こそ彼の身体を切り裂こうと、血に塗れた剣を振り上げる。


「駄目ぇええええ────っ!!!」


 しかしヴェーダが左腕を振り下ろすよりも早く、スカル・マスクの拳が彼の胸部を貫く。



(俺には、届かないよ)



 かつての自分が貫いた場所を、ソーマがその身を削って塞いだ傷を、容赦ない正拳が穿った……




『……て……』


『……っかり……て……』


『……ーク、ん……!』



 ……誰かの声が聞こえる。意識が朦朧としているヴェーダは、その声の主を判別するまで暫くの時間を要した。


「……っかり、しっかりして!」



(誰だ……私を呼ぶのは)



「しっかりして……!!」



(ああ……何だ、君か……)



 ヴェーダは目には、涙目で自分を介抱する()()()の姿が映った。


 どうして泣いているのだろう? 致命の一撃を受け、大量の血を失った彼の記憶と意識は既に曖昧で、自分の身体がどうなっているのかすらわからなくなっていた。痛みすらもう感じない。先程までの再生能力も見られない。


 力の要であった胸の肉塊(ソーマの一部)を破壊された彼には、もうその命を繋ぎ止めるだけの力も残されていないのだ。


「……ソーマ」

「しっかり……今、救急車を呼びましたからね!」

「怖い……夢を、見たんだ……」

「……マークさん?」

「本当に……怖い夢を、見たんだよ」


 アトリは自分をソーマと呼び、まるで妻に語りかけるような穏やかな声色で喋りかけてくるヴェーダの姿を見て察した。


「マーク、さん……!」


 彼はもう自分が誰なのかもわからない……彼の目には、自分が大切な人に見えているのだと。


「……君が、死んでしまう夢だった。()()()、何もできなくて……君が殺されるのを黙って、見ているしかできなかったんだ……」

「……ッ!」

「ぼくは……ぼくはね、それから……」


 アトリを亡妻(ソーマ)としか認識できなくなったヴェーダの姿を、スカル・マスクは静かに見下ろしている。


 かける言葉など、見つからない。彼の幸せを、彼の全てを、彼の人生を奪ったのは他でもない、自分自身なのだから。


「……もう、大丈夫。ただの、夢だから……」

「……ソーマ?」

「もう、怖い夢は覚めたの。だから、もう大丈夫……」


 異形と化したヴェーダの左腕に触れ、()()()は優しく夫に語りかける。その優しい声と、女神のような眩しい笑顔を見て 漸く彼は長い夢から覚める事ができた。


「……ああ、ソーマ」


 ヴェーダの左腕の刃はボロボロと崩れ去り、その傷だらけになった腕が顕になる。震える手で胸ポケットから花を取り出し、アトリに手渡した。


「……これは」

「庭に、咲いていたんだ……一輪だけ……()()()()()……綺麗な花……」


 その花は故郷から持ち込んだ黒い花でも、妻の死骸から生まれた白い花でもない。


 何処にでも咲く小さな菊の花。だが菊の花は、彼の故郷には無いこの世界で初めて目にした美しい【異界の花】だった。


「……あり、がとう……」

「ソーマ……なんで、泣いているんだい?」

「……泣いて、ません」

「……そうか……ごめん……まだ、ぼくは寝ぼけているの、かな」


 アトリは涙を拭い、必死に笑顔を作る。


 泣いてはいけない、せめて 彼が眠りにつくまでは笑顔でいなければ。例えこの男に夫を殺されそうになっても、彼と築き上げてきた店を台無しにされようとも、アトリはヴェーダを憎む事など出来なかった。


「ほら、泣いてないでしょう?」

「……ああ、すまない。まだぼくは……夢から、覚めきっていないようだ……少し……」

「……いいの、眠って。大丈夫、私はずっと傍に居るから……ずっと」

「……ソーマ……君は……本当に……」


 その言葉を言い切る前に、ヴェーダは旅立った。


 愛しい妻が待つ場所へと。


二人にとって辛い結末になりましたが、少なくとも彼は救われました。紅茶に包まれてあれ。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんて言うか、もうなんて言えばいいか分からないんですけど、素晴らしい作品です。
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