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「俺が、憎いか」
「……!」
「俺が、憎いか? ヴェーダ・リヴハウマー」
スカル・マスクが絞り出すように呟いた言葉に、ヴェーダは身を震わせる。
「憎いさ……!」
そして血を吐きながら、怨嗟の言葉を彼に投げかけた。
「憎いさ、憎いとも! この15年間……お前への憎しみだけで生きてきた! 私はもう……もう、お前と戦うしかないんだ! お前を殺さなければ、私は……!!」
「……だろうな」
「お前が憎くて仕方ない……私から妻を、全てを奪ったお前が……!」
「……そうだ。お前は、俺を憎んでいい」
ヴェーダの憎悪を一身に受け、スカル・マスクは小さく笑った。
その乾いた笑顔と悲しげな瞳はヴェーダの殺意を更に増長させ、彼は歯が欠けるほどに激しく噛み締めて背後の壁を蹴って突撃する。
(ソーマ、私は 何をしているんだろう……わからない、もう何がしたいのかわからないんだ)
(だから……これで終わりにしよう)
左腕を振り翳し、スカル・マスクに特攻しながらヴェーダは心の中で妻に語りかける。
(これが最後だから……私に、力を貸してくれ)
その言葉に応えたのか、千切れた右腕は瞬時に再生する。ヴェーダは突撃を避けようともせず、ただ虚ろな眼差しでこちらを見据えるスカル・マスクの胸に深々と刃を突き刺した。
「これが、私たちの憎悪だ……スカル・マスク!」
胸部を貫かれ、スカル・マスクはドス黒い血を吐き出す。
最強の掃除屋は過去の亡霊の血塗られた刃によって胸を刺し貫かれ、ついにその呪われた人生に終止符を打とうとしていたかに見えた。
「……お前は、俺を恨んでいい」
だが、神はそれを許さなかった。
常人では即座に死亡しているであろう傷を受けても、その男の命を奪うには至らない。スカル・マスクは静かに自分を貫いた刃を掴み、悲しき復讐鬼の顔を睨みつけた。
「殺されてやってもよかった。お前たちになら、あの時……首を落とされても良かった……」
「……!!」
「だが、もう遅い」
スカル・マスクは刃を掴んだ両手に力を込めて圧し折る。
車であろうと、鋼鉄であろうと、異界の技術で成された特殊合金であろうと切り裂く魔剣が呆気なく砕かれた。
「お前にはもう、俺を殺せない……」
ヴェーダは左腕を破壊されようとも、再生した右腕でスカル・マスクの顔を貫こうとする。
しかしその腕はまたもや彼に掴み取られた。スカル・マスクは掴んだ右腕をそのまま握り潰そうと力を込めるが、突然その右掌が開き……
「それはどうかな!?」
ヴェーダの右腕から眩く発光するエネルギー弾が発射される。
────ブァオッ!
光弾はスカル・マスクの顔面に命中し、直後に爆発。男の顔を容赦なく吹き飛ばした。
掴んだ右腕を放し、スカル・マスクの腕はだらりと垂れ下がる。吹き飛ばした顔からは肉と鉄が焼ける匂いと血の混じった煙がブスブスという不快な音と共に発生し、男の身体はそのまま後ろに倒れ込んだ。
(これで……終わりだ。私の憎しみも、何もかも……)
ヴェーダは勝利を確信していた。
いくらスカル・マスクであろうとも、顔を吹き飛ばされては死ぬだろう。例え殺せずとも無力化は出来るはずだ。後でトドメを刺せばいい……これで、15年にも及んだ復讐の日々も終わりだ。少なくとも、ヴェーダはそう思っていた。
顔を失った男の脚が、倒れゆく肉体を支えて踏み止まるまでは。
「……!?」
「おま、エ……に」
「馬鹿な!!?」
ヴェーダは動揺した。確かに掃除屋は死ににくい。それは奴らに追われる身となった彼自身が嫌というほど思い知らされている。だがそんな掃除屋も首を落とし、半身を潰し、脳を破壊すれば殺しきれた。
「オレは……、こロせナイ……!」
スカル・マスクは苦しげな声を発しながら体を起こす。
顔を手で覆い、顔が焦げる苦痛に呻き声を上げながらもその鋭い眼光はヴェーダの姿を捉え続けていた。
「……スカル……マスク……!」
顔を覆う手をどかし、スカル・マスクはその素顔を晒す。
鉄製の仮面が剥がれ落ち、顕になったのは【黒い髑髏】。鼻腔がなく、額には白い十字架が刻まれ、その剥き出しの双眸には揺らめく青い炎が灯る。
「そうか……それが、お前の素顔か!」
「そうダ……コレ が、この顔が……俺の本性だ……!」
顔のない男。ヴェーダはスカル・マスクをそう呼んだ事もあった。フードで覆い隠されて素顔がわからなかったからだが、まさか本当に 顔のない男 であったとは夢にも思わなかっただろう。
「これが……お前が追い求めた 化け物だ!!」
スカル・マスクの名は、人としての面影すらない【異形の髑髏】を目の当たりにした者達が畏怖の念を込めて名付けたものだったのだ。
「スカル・マスクゥウウウ────!!!」
ヴェーダは絶叫しながらスカル・マスクに襲いかかる。先端が折れた左腕の刃を振り乱し、憎き悪魔の身体を切り裂こうとするがその乱撃は片手で軽くいなされる。
「……ぁぁあ!」
スカル・マスクも叫びながらヴェーダの顔面を殴りつける。既に半分潰れていたヴェーダの顔は更に変形し、下顎が大きく歪む。しかし彼は止まらない、止まれない。
「っっぶあぁあああああああ!!」
顎が砕けて尚もヴェーダは絶叫し、右腕でスカル・マスクの顔を殴る。
そして吹き出る血飛沫……、血が吹き出す程の力で顔面を殴りつけられてもスカル・マスクは怯みもしない。
「ぁぁぁぁあああああああ!!」
スカル・マスクは右拳を握りしめ、獣のような叫びを上げてヴェーダの胴体に重い一撃を叩き込む。
ヴェーダの身体はくの字に曲がり、夥しい血を吐き出しながら後方に吹き飛ぶ。吹き飛びながらも彼は両脚に力を込めて踏ん張り、床面に痕を残しながら数メートル後退って踏み止まる。
「がっはっっ! げぼっ、ごぼぼっ!!」
ヴェーダはドス黒い血を吐き散らして膝をつく。右腕が思うように動かないので目を向けると、その拳は砕け、手首があり得ない方向に曲がっていた。
(……ここまで、とは!)
スカル・マスクを殴った時の血飛沫は、彼の腕から吹き出したものだったのだ。
「が、はははは、あばははははは……!」
砕けた顎を左手で支え、顎部の再生を試みる。大量に出血したせいか、立て続けに重傷を負った影響かその傷の治りは遅くなっていた。
「あばっ……はははは、参った ナ。勝てそウにないじゃなィか!」
「……」
「本当の君は! ここまで、強かったのか……!!」
顎の再生を終えたヴェーダは計り知れない彼我との実力差に震え、最強の名が伊達ではない事をその身を以て思い知った。今まで自分が倒してきた追手達など、彼と比べれば霞んでしまう。
だからこそ、ヴェーダは心の底から歓喜した。この男ならば……と。