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「終わったようですね」
秘書のサチコは事務的な口調で呟く。
怪物はジェイムスに処理され、その後も同類と思しき怪物が何体か現れたが彼と待機していた職員達に全て倒された。既に問題の異界門も完全に収縮、消滅している。
「優秀な部下を持って幸せだわ」
大賢者は若き精鋭の活躍を満足気な笑みで讃えた。
「あの怪物の遺骸はサンプルを採取した後、11番街区の処理場にて焼却します」
「街中で燃やすわけにもいかないものね」
「対象の分類は……動物型亜種、もしくは機械型亜種として登録します。一応は生物らしい特徴も備えているので……」
「そうね。それにしてもあんな怪物が居る世界に生まれなくて良かったわ……元の世界も良いところとは言えなかったけど」
遠い記憶を少しだけ回想し、大賢者は切なげな顔で呟く。
「それでは昼食をご用意致します」
「大賢者様!!」
サチコが昼食の準備に取り掛かろうとした瞬間、異常管理局で働く事務員の一人が慌ただしく室内に駆け込む。
呼吸が乱れ、汗で額を濡らした男の表情は何らかの非常事態が発生した事を言葉なしに伝えていた。
「ノックはしなさい。それで、何があったの?」
「は、はい……実は先日に討伐された異世界種の解体処理をしていたところ……体内から魔導書らしき黒い書物が摘出されたと生物班から報告が」
その報告を聞いた途端に大賢者の目が見開く。
「その書物はどうしたの?」
「摘出された瞬間に僅かながら反応を示した為、即座に凍結処理。後日、研究班と生物班による共同実験でその詳しい特性が判明するまで書物は最優先調査対象兼Bクラス異界器物として保管されます」
「適切な対処ご苦労さま。他に何か報告は?」
「いえ、今の所は」
「ありがとう。下がっていいわ」
「はっ、はい!」
事務員は大賢者に深々と頭を下げて退室する。
「……肝を冷やしたわ」
「本当ですね」
「ふふ……魔導書には嫌な思い出しかないわね。特に異界出身のよくわからないものにはね」
「……」
「実験に参加するメンバーに、少しでも危険性を感じたら即座に処分するように伝えておいて。破壊可能なら破壊するに越したことはないわ」
「了解しました」
◇◇◇◇
「皆様、昼食のご用意が出来ました。どうぞ此方へ……」
「元気出してよ、スコッツ君。君の能力は凄いってー」
「……」
「貴方はドリーをその力で助けてくれたでしょ? それはとても凄いことよ。だからそんなに落ち込まないで」
「そ、そうだよ! 元気出せって! オレはこの目で見てないから地味だなって思っただけで!!」
「おいおい、いつまで凹んでんだよ童貞。いい加減にシャキッとしねーと抱いちまうぞ?」
「うふふふ」
昼食の準備を終えてリビングに訪れた老執事は皆に励まされるスコットを見て目を丸くする。
「あ、お昼が出来たって! アーサーの料理は美味しいよ! 食べれば元気になるよ!!」
「そうそう、美味しい料理は心を元気にしてくれるわ」
「い、いい加減に立ち直れよ、バカヤロー! まるでオレが悪いこと言ったみたいじゃないか!!」
「デイジーは本当のこと言っただけなのになー」
傍目から見れば己の力の在り方に苦悩する青年が美少女達に慰められるという感動的な光景なのだが、老執事はそんなスコットを見て憐憫にも似た感情を抱いた。
「あらぁ、どうしたのアーサー君? 面白い顔をしてますわね」
「はっはっ、何のことでしょうか」
「ひょっとしてあの可愛い新人君が羨ましくなったの?」
「本日も笑えない冗談が冴え渡りますなマリア先輩。やはり貴女はもうお歳のようです。棺桶の中で少しお休みになったほうがよろしいのでは?」
「うふふふ、そこまで気を使ってくれるなんて嬉しいわぁ。それじゃ、今すぐ二人分の棺桶を用意して貰えるかしら?」
スコットは何とか平静を取り戻し、豪華な昼食が用意された食卓に向かう。
「はい、座りなさい。一日三食、しっかり食べないと駄目よ」
座る席は勿論、ドロシーとルナの間だ。
「……凄い、ですね。何なんでしょうか、この生き物は」
スコットは出来たてのクリームパスタの上に鎮座する、エビともカニともつかない甲殻類に酷似した謎生物に眉をひそめる。
「これはロブス・カヴリ。蟹や海老に似た新動物、美味しいよ」
「にゅ、ニューボーン?」
「スコット君は新動物を見るのは初めて?」
「そ、そうですね。俺の知ってる生き物にこういうのはいなかったです」
「まぁまぁ、まずは一口食べてみて。絶対に気に入るから」
「そ、それじゃあ……」
何はともあれ一先ず食べてみようとナイフとフォークを手にするスコットだが……
「……」
「? どうしたの?」
「どうやって食べるんですか、これ」
大きな蟹や海老が乗ったパスタなど食べたことのないスコットは額に汗を浮かべながらこの謎生物の食べ方について聞いた。
「あー、なるほどね。待ってて、僕が……」
バリバリバリバリ
「あー、うめー! じーさんの料理は本当にうめーな!!」
そんなスコットの悩みなど知るかと言わんばかりにアルマは殻ごとロブス・カヴリに齧り付く。
「……」
「あの食べ方も正解なんだけどね」
「いやいやいやいや……」
「この子の殻は火を通すと柔らかくなるから、そのまま齧りついても美味しいのよ」
「そうなんですか……」
ドロシーはロブス・カヴリの殻の隙間や足の付根にナイフを入れ、慣れた手付きで中の身を取り出していく。
彼女の言う通り加熱された殻は簡単に剥がす事ができ、あっという間にロブス・カヴリのほぐし身がパスタの上に並べられていった。
「はい、どうぞ。美味しいよ」
最後に取り出した爪の身をフォークに刺してスコットに食べさせてあげようとする。
「え、ちょっ! 社長!?」
「? いらないの? 爪の肉は一番美味しいのに」
「いやいやいや、そうじゃなくてっ……! いきなり何するんですか!?」
「え、何って食べさせてあげようかなって」
「何で!? べ、別にわざわざ食べさせてもらわなくてもっ!」
「うーん……まぁいいか」
「あっ」
スコットが食べようとしないのでドロシーはそのまま自分の口に運んだ。
「うん、おいしー」
「……」
「スコット君、冷める前に食べなさい。折角の美味しい料理が台無しになるわ」
「……すいません、いただきます」
「はっはっは、どうぞどうぞ。お口に合うと良いのですが……」
折角ドロシーの女性らしい一面が見られた上にあーんまでして貰えるチャンスだったというのに、只々焦って彼女の好意をフイにしたスコットに老執事は内心苛ついた。
「ふふふ、アーサー君の料理はまぁまぁ美味しいですもの。きっとスコット君も気に入ってくれますわ」
そして苛つく老執事とは対照的に、マリアは内心ご満悦だった。
夢の中で小説のネタを拾う事もよくあります。大抵の場合、起きている時よりも濃いネタが浮かぶので侮れません。