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ここからまた紅茶がキマった展開になっていきます。
(……私の、せいで……)
スカル・マスクに会いたかった。
義体と呼ばれる改造人間の基となった存在。通称【プロト・レーヴェ】の一体にして、最強の掃除屋。
原型でありながら他の義体を凌駕する性能を持ち、武器も持たずにただ拳の殴打のみで相手を粉砕する。どんな損傷を受けても意に介さず、試験的に搭載された永久機関【ジューダス・ペイン】の恩恵で半永久的に活動可能。どこまでも無慈悲で、ひたすらに最強で、非業の最期を遂げた師の仇を討った偉大な先輩。
姉の小夜子が誰よりも尊敬しているスカル・マスクに会いたかった。
そして確かめたくもあった。最強と呼ばれる彼の力がどれほどのものなのか。最新型の義体となった自分よりも強いのか。掃除屋として数々の功績を立てながら、どうして突然 組織から姿を消したのかを。
だが、ようやく見つけた先輩は掃除屋の過去を捨て 新しい自分を見つけていた……
「やめて……その人は……!」
「ああ、静かにしてくれ……少しの間でいいから」
「やめてよ……!」
「無理、だって……言ってるだろう!!」
絢香の説得を振り払うように、ヴェーダは左腕をタクロウに振り下ろす────
「やめなさい!」
店内に響き渡る大きな女性の声。その声を聞いたタクロウの身体はビクリと痙攣し、ヴェーダの左腕も彼の肩口で止まった。
「私の夫から、離れなさい!」
「アトリ……さん??」
「離れなさい……!」
アトリは涙で赤く腫らした瞳でヴェーダを睨みつけながら歩み寄る。
自分を睨む彼女の顔、自分を叱りつけた時に見せた妻と同じ顔を見て彼は大きく動揺した。
「……そんな顔を、しないでくれ」
「私の夫から、大事な人から離れて下さい。じゃないと私は貴方を」
「……そんな眼で、私を……見ないでくれ!」
「私は、貴方を許せなくなります!!」
徐々に距離を詰めるアトリの顔が亡きソーマと重なり合い、ヴェーダは更に混乱する。
平静を欠いていた彼にはもう彼女と妻の顔の区別が曖昧になっており、愛する妻が憎き仇敵を庇い、その上自分を延々と叱りつけてくるという理不尽な幻覚が彼の目の前に広がった。
「ああ、そんな顔で……、ぼくを、ぼくを見ないでくれ……ソーマァァァ────!!!」
ヴェーダは異形の左腕で、近づいてくるソーマを切り払おうとする。
しかしその左腕が彼女に届こうとした時……太く大きな右腕が彼の凶刃を受け止めた。
「!?」
「……それは、駄目だ」
「何ッ」
「その女には、手を出しちゃ駄目だろ」
────バギョンッ!!!
次の瞬間、ヴェーダの顔面に強烈なパンチが叩き込まれる。
防御する暇もなく、ヴェーダの身体は大きく後ろに吹き飛んだ。
「……あなた……っ!」
「すまん、アトリ……あの子を頼む」
「……!!」
先程まで何も言わずに俯き、ヴェーダに言われるがままだったタクロウは立ち上がる。
体中の傷跡から何かが繋がり合うような不快な音が聞こえ、その傷口からは血のように赤い蒸気が発生する。
「……おじさん……?」
「……もう、おじさんじゃねえよ。もう、おじさんには戻れねえ」
アトリは絢香に駆け寄り、彼女に肩を貸して起き上がらせる。
「……ッ」
一言も発さず、アトリは悲しそうに夫を一瞥した後に絢香と裏口に向かった。
「あ……あの……」
「……いいの、何も言わないで」
「私……私は……!」
今日、絢香はタクロウに謝るつもりだった。
自分の勘違いで迷惑をかけたから。実際には勘違いではなく、あの男は彼女の追い求めていたスカル・マスクであった。だから、こんな事になってしまった。
謝って許してもらえるだろうか?
過去と決別した一人の男の人生を、彼が愛する妻と積み上げてきた日々を台無しにした この愚か者を。
絢香は今になって何故ブレンダがスカル・マスクについて話したがらなかったのかを痛感した。
「……ごめんなさい」
「……いいの、あなたは悪くないから」
「……ごめんなさい、ごめんなさいっ」
絢香は震える声で謝罪する。アトリは後ろを振り返らずに裏口から店を出た。妻が傷ついた絢香を連れ出すのを見届けたタクロウは、誰かに向けて静かに呟いた。
「……つれぇなぁ、本当に」
タクロウが前を振り向くと、顔を抑えながら立ち上がる一人の男の姿があった。
「ははっ……ははははははは!」
「……」
「久しぶりだな……っ、スカル・マスクゥ!!」
ヴェーダの顔半分は潰されていた。
しかし彼はまるでそれを意に介さないかのように口元を大きく裂かせ、歓喜に満ちた表情を浮かべる。
「ああ、そうだ……お前だ! お前を追い求めていた!!」
「……ヴェーダ、リヴハウマー」
「ああ、ああ……! 私だよ! あの夜以来だな、スカル・マスク!!」
ヴェーダは人智を超えたスピードでスカル・マスクの背後に周り、右腕の禍々しい爪で背中から穿とうと鋭い貫手を繰り出す。しかし死角を突いたはずの攻撃は、いとも簡単に受け止められた。
「ハハッ!」
ヴェーダは右腕を掴まれたまま、残る左腕の刃でスカル・マスクの首を刈ろうとする。
如何に不死身と呼ばれる男であろうとも、首を切り落とせば事足りる。ヴェーダは万感の思いを込め、血塗られた凶刃で憎き悪魔を断罪した……
しかし、気が付くと彼の身体は大きな床に叩きつけられていた。
「……ッ!?」
刃が首に届くまでの一瞬よりも早く、スカル・マスクは右腕を掴んだままヴェーダの身体を天井に叩きつけたのだ。彼の身体は天井にめり込み、何が起きたのか理解できないまま今度は勢いよく床面に叩きつけられる。
「ぐおっ!」
丈夫な床一面に大きな亀裂が走る。
「ぐっ、ぎいいいいいっ!」
ヴェーダは激しく吐血しながらも左腕で反撃を試みるが、その刃は虚しく空を切り、気が付けば彼の身体は再び宙を舞った。近くの椅子やテーブルを巻き込みながら、ヴェーダは先程自分が投げ飛ばした絢香のように店の奥にまで投げ飛ばされる。
「ぐはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
店の壁に身体を勢いよく叩きつけられ、ヴェーダはそのまま崩れ落ちる。右腕に違和感を抱き、ふと目をやるとそこにあるはずの右腕が無くなっていた。
「……右腕なら、ここにある。返すぞ」
スカル・マスクは千切れたヴェーダの腕を彼に向かって放り投げる。彼の目の前に落下した異形の右腕は見る間に萎び、まるでミイラのように干からびていった。
「……がはっ、ははははは! 凄いな、こんな……圧倒的じゃないか!!」
「……」
「最強の名は……伊達じゃあないな!」
右腕を千切られようとも、ヴェーダの闘志は揺らがない。
「15年間、憎み続けた甲斐があった!」
復讐鬼は尚も立ち上がり、狂気に満ちた笑みをスカル・マスクに向ける。
全てを失っている彼には、もうスカル・マスクと闘う事以外に何も残っていないのだから。
ただやられるだけのゴリラに、可愛い嫁とファンガールが出来る筈がないよなぁ?