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「一人で大丈夫でしょうか……」
車のボンネットに座り込んで小夜子は絢香を心配する。
「う、ぐ……」
足元にはボコボコにされた男達が伸びており、地面に這いつくばる彼らを見ながら小夜子は退屈そうに欠伸をかいた。
「何だよ……あの女……強すぎじゃね?」
「全員でかかってこれとか……どうすりゃいいんだよ」
「いでぇ……でも、ちょっと……悪くなかった かな……」
あっという間だった。
銃を持った数人の男は、可憐な少女二人に完膚なきまでに叩きのめされた。小夜子がその艶やかな銀髪をかき上げるような仕草をした直後、気が付けば姉妹に息のかかる距離にまで接近され ワンパンチで沈められた。銃を撃つ暇すらなかった。
「まだ応援が居るなら呼んでくれてもいいですよ」
「……」
「あ、もしかして……さっきの人たちでおしまいですか?」
這う這うの体で他の仲間に連絡を取ったが、応援に駆けつけた増援も瞬殺された。
子供向けのコメディ番組か何かと錯覚してしまう程にスピーディかつ無駄のない幕切れであった。男達はドラマや映画で主役に為す術無くやられてしまう【やられ役】の気持ちはこういうものなのかと、心の中で自嘲した。
「ごほっ、ごほっ……! くそっ!!」
「それじゃあ管理局の人が来るまで、大人しくしていてくださいね?」
「てめ、え……ッ!」
叩きのめした男の一人に煽情的な眼差しを向け、小夜子は色っぽい声で挑発した。
女性を襲う側である筈の自分達が逆に手も足も出ないまま一方的に倒され、しかも余裕綽々の様子で挑発されている。今まで経験したこともない屈辱だった。
「女に泣かされるのは初めて? あらあら、ごめんなさい。でも、たまには受けに回るのもいい経験になりますよ? ふふふっ」
相手がとりわけ美しい容姿をしているのが、更にその男の短絡かつ幼稚な精神を逆撫でする。倒れ伏す男達の屈辱に塗れた視線が自分に集中するのを感じ、小夜子は肩を揺らしながら薄っすらと紅潮した。
「ああ、いい顔ですね……ゾクゾクします!」
実はそのお淑やかな落ち着いた雰囲気と丁寧な口調に似合わず小夜子は真性のドSである。しかも質の悪い事に彼女にその自覚はない。
「舐めんなよ、舐めんなよ……、舐めんなよコラァ!」
小夜子の挑発的な態度に耐えきれず、一人の男が立ち上がる。
「ごほっ、おい……やめろ、勝てっこねえよ……」
「ぶっ殺してやる、ぶっ殺してやる、ぶっ殺してやる!!」
「おい……おまえ、何持ってるんだよ! それは……!!」
彼が握っているのは【ネクタル】と呼ばれている強制変異剤……白い花の蜜を何倍かに希釈したものだ。
その用途はまだ勢力が弱く、人手が足りないギャングの戦力増強やモノ好きな金持ちの爛れた道楽用等など。悲しいかな、ソーマ程ではないが、非常に売れ行き好調な製品だ。
「よせ、そんなもん使ったら……!」
「あら、まだ遊んでくれるんですか? 次は最低でも10秒は持ってくれると嬉しいですね」
「……っ!」
小夜子の言葉で堪忍袋の緒が切れた男は、首元に注射器を打ち込んだ。
「……殺してやルッ」
異変は瞬時に起きた。
男の体はメキメキと音を立てて変形し、その両腕は元の倍近い長さまで伸びる。爪が勢いよく割れ、中から突き出してくるように新しい鋭い爪が生え、濃い茶色の髪はごっそりと抜け落ちて露出した頭皮からは新しい目が発生する。
《ばヴァがガガガガガガガガガがっ、がギャギャ嗚呼ああああああああ!!》
「おい……おい、おい!」
「やべえ、ゴホッ! ……あの馬鹿、自分にネクタルを使いやがった!!」
「ちくしょっ、逃げっ……!」
怪物と化した男は、近くに倒れていた仲間に襲いかかる。
小夜子達に打ちのめされ、身動きが出来ない彼等は為す術無く血祭りにあげられていく。
「わぎゃああああああああああああああああああっ!」
「おい、待てっ! 俺ら仲間っ……ぶゔゃ!!」
「やめろ、やめろって! うわああああああああー!!」
小夜子は車のボンネットから跳躍し、少し離れた民家のレンガ塀に着地する。
直後に彼女が椅子代わりにしていた車は怪物が放った一撃でぺしゃんこになり、車の近くで伸びていた男二人もついでのように潰された。
「おい! ちょっと、アンタ! 助けて、助けてくれよ!!」
目の前で男達がバラバラにされても、助けを求められても、小夜子はレンガ塀の上に座りながら脚をぷらぷらと揺らすだけだった。
「おい! 助けっ……」
《ヴァグぎゃあああああああ! あぶるああああああアアあああああああああああー!!》
「ぎゃあ!!」
「あの女……ッ、マジかよ……マジかよ!!」
小夜子は男達が惨殺される様子を静観する。
最初から彼らを見逃すつもりなど無かった。今までその薬で何をしたのか、その薬を使った人がどうなるのか、それを身を以てわからせる為にわざと 一番頭の悪そうな男 を焚き付けたのだ。
「あなたたちは、沢山の人に迷惑をかけた。沢山の人の日常を台無しにした。そして、沢山の人を泣かせたんだから……」
逃れられない死を目前にして絶望に歪む男の顔を見ながら、小夜子は優しい声で言う。
「あなたたちにも、大声で泣いてもらわなくっちゃ」
小夜子は死にゆく彼らにその言葉を捧げ、最高の笑顔で見送った。
《う……ぐ……るるるるるるるるっ》
「ふふふ、そんな姿になっても目はとても綺麗ですね……まるで子供みたい」
《るぎゅあぁああああああああああああーっ!!!》
「その姿の方が貴方にはお似合いですよ」
絶叫しながら襲いかかる怪物を前にしても小夜子は楽しそうに呟いた。
(絢香の方は大丈夫かしら。遊ぶのは程々にしてお店の方も見に行かなきゃ……大丈夫だとは思うけど)
自分の肌を引き裂こうとする怪物の血塗られた大爪を躱しながら、小夜子は先にビッグバードへ向かわせた絢香の事を心配する。店にどんな怪物が待ち受けていようとも、自分と同じ人外の身体を持つ絢香が負けるとは思わない。それでも、姉として妹の心配をするのは当然だ。
だが小夜子は知らなかった。その店に、絢香の身を脅かす程の怪物が潜んでいる事に……