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幻騒のカルネヴァーレ ~Carnevale of Phantasm~  作者: 武石まいたけ
chapter.19「顔のない髑髏」
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「な、なん……なん……」


 小太りの男を残してチンピラ達は全滅した。


「どうしたんだい? そんなに涙を流して……まるで化け物でも見たような顔じゃないか」

「何だよ、お前……何なんだよ!」

「私はマーク。この街には妻と一緒に移り住んで来たんだ……ああ、訳あって妻は今近くに居ないがね」

「や、やめてくれ、殺さないでくれ!」


 一人生き残ったチンピラは涙を流しながら彼に許しを請う。


 その表情は恐怖に歪み、想像を絶する恐怖と絶望に蝕まれた両足には逃げるどころか立ち上がる力さえ残されていない。


「殺さないでくれ? どうしてかね?」

「た、頼むよ! 見逃してくれよ! もうアンタには手を出さねえって!!」

「いやいや、それは駄目だろう」

「ひっ!?」


 マークは彼を憐れむような表情を浮かべ、その胸を右腕で無慈悲に貫いた。


「……ごぽっ」

「一人残されるのは寂しいだろう? 友達が死んだ時は、君も一緒に死ぬべきだ」


 胸から腕を引き抜き、力なく地面に倒れ込んで絶命したチンピラを見つめながらマークは優しい声で言った。


「そうすれば寂しくないし、もうお金に困ることもないだろう?」


 右腕の血を振り払い、路地に転がる死体に見向きもせずマークは一人歩き去る。


「ああ、あの花を彼女は気に入ってくれただろうか……」



 ◇◇◇◇



 異常管理局セフィロト総本部 生物部【第一研究室】にて


「これが危険薬物【ソーマ】の原料になる異界の花よ、まだ名前もついていないけど」


 マチルダは研究室に訪れたサチコに現場で採取された例の花を見せる。


「……綺麗な花ですね。このまま触っても大丈夫なんですか?」

「大丈夫、手で触れる程度なら心配ないわ」

「マチルダさんは白手袋していますが」

「白手袋は研究者の細やかなオシャレの一つよ?」


 マチルダは含み笑いをしながら言う。


 動植物の知識に富む彼女が言うのだから本当に害はないのだろうが、サチコは警戒しながら親指と人差し指だけで慎重に花を取った。


「流石に鼻を近づけて匂いを嗅ぐのは危ないかもしれないけどね」

「……この花からどうやってソーマが作られるのですか?」

「花を乾燥させてから粉末状にするだけよ、作り方としては乾燥大麻(マリファナ)に似ているわね。でも効果は段違い……間違っても花弁を口に入れたりしないでね?」

「入れません」


 サチコが真顔で返した言葉に小さく笑いながらマチルダは話を続ける。優秀だが少々イタズラ好きなマチルダにサチコは苦手意識を持っており、可能な限り彼女とは関わりを持たないように徹しているとかいないとか。


「でも、問題なのはそこじゃないのよね……」


 マチルダは白い花を見つめ、思いつめた表情で呟く。


「どういうことですか?」

「確かにソーマは危ないけど、治療が出来るだけまだマシな部類よ。流石に肉体構造に変調を来した重度の患者は相応の処置が必要になるけど……」

「ですが、危険な薬物であることには変わりません。既に製造場所は制圧されて、それを街にばら撒いていた者達も掃除されていますから……」

「問題なのは、この花から抽出された【蜜】を摂取した場合よ」


 マチルダが出した一言に驚いてサチコは白い花を落とす。白いコートからハンカチを取り出して熱心に手を拭き取る彼女の姿にブレンダは思わず笑ってしまう。


「ふふふっ、大丈夫よ。手で触れたくらいじゃ蜜は着かないわ」

「……それでも、先に言って下さい。蜜を摂取したら どうなるんですか」

「身体構造の劇的変化、ソーマの末期患者よりも強烈なものよ。あれはもう変化というよりは変異というべきね……」


 映像端末を起動してサチコに実験の様子を見せる。


 被検体となったのは培養された遺伝子で精製された3匹のクローンマウスで、白い花から抽出された蜜の濃度を三段階に希釈しながらそれぞれに与える様子が記録されていた。


「……」

「見ていて気分が良いものではないけどね」


 異変は即座に起きた。蜜を舐めた瞬間、マウス達は苦しみだし、その形を大きく変えていく。


 与えた蜜の濃度の影響かその変容は個体差があったものの、一番薄いものでさえ頭が二つに割れて大きさが二倍にまで肥大化し、著しく凶暴性が増していた。他の二匹に至ってはもはやマウスであった事が疑わしいレベルの変容を来しており、完全に変異する前に実験室に備えられていた緊急防御機構によって無力化された。


「小動物用の実験室で試したのは間違いだったわね、次は大型動物用の部屋での実験映像があるけど」

「……遠慮しておきます」


 サチコは青ざめた顔で答える。


 グロテスクな怪物というのは彼女も見慣れていたが、見慣れた姿の動物が原型を留めないまでに禍々しく変形する様子を見せつけられては流石に血の気も引いてしまう。


「つまり、この花の本当の危険性は花から抽出される蜜……ソーマは多分副産物でしかないわ」

「……その蜜というのは、街に出回ってしまっているんですか?」

「……ええ、少なくない数がね」


 マチルダが重苦しい表情で発した言葉にサチコは目眩を覚える。一瞬ふらつきそうになったが頭を抱えながら堪え、この事案をどう解決しようかと必死に思案していた。


「白い異界の花に関しては臨時の処理班を結成して対処させています。暫くの間、街中の花屋や植物園の営業を停止するよう呼びかけましたが……」

「お店の人には気の毒だけど、この花の危険性を考えれば仕方がないわね。もしもこれが街の外にバラ撒かれたり、変な改良を加えられたりしたら……」

「……」


 サチコは眉を歪めながら人差し指を噛む。


 綺麗なバラには棘があるなどというコトワザは有名だが、この異界の花はそんな生易しいものではない。その花が何時頃この街に出現したかは不明。しかしソーマを精製していた者達は白い花の特異性を熟知しており、既に花の蜜を【強制変異剤(ネクタル)】として売り出している。主な顧客は裏社会の関係者と暇を持て余した金持ちあたりだろう。


 隠されたルートを使い、外の世界(アウトサイド)にも流出してしまっている可能性も否定できない。


「蜜は【ネクタル】という商品名で取り引きされていたそうよ……悪趣味にも程があるわね」

「……」

「今、治療薬を研究中よ。皮肉なことだけどサンプルは沢山集まっているしね……」

「大賢者様に、報告してきます」


 サチコは頭を下げて足早に研究室を後にする。


「まだ若いのに、大変ね……」


 マチルダは彼女の背中を複雑な表情で見つめ、気の毒そうに呟いた。


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