7
「ふふん、スコッツ君。今日の衣装はどう?」
「……似合ってるんじゃないすかね」
翌日の午前11時。ドロシーはスコットと手を繋いでビッグバードに向かっていた。
「もー、それならもうちょっと嬉しそうな反応してくれない? せっかく頑張ってオシャレしたんだから」
今日のドロシーは黒を基調としたゴシックワンピースにツインテールという趣味性の高い衣装だ。
普通なら通行人に白い目で見られかねない衣装だが、彼女の類稀な美貌とワガママなスタイルが見事にマッチして凄まじい破壊力を発揮していた。
「……」
「スコッツくーん?」
「似合ってますよ、うん」
スコットは素っ気ない態度を貫くが内心ではあまりの可愛さに悶絶しており、周囲の人々の視線も彼女に集中していた。
「ふふん、よかったー」
「……ほら、着きましたよ」
「ふふふ、タクローくんのハートも撃ち抜いちゃったらどうしよう」
ビッグバードに到着したドロシーは呑気にそんな事を言いながらドアを開ける……
「はーい、たっくん! おはよー」
「ああっ、駄目! 逃げてーっ!!」
「いいいいぃいらっしゃいませえええええぇぇあああ――――ッ!!!」
「ふやああっ!?」
ドロシーが入店するや否や、アトリの制止も虚しくタクロウは彼女に突撃する。
「んはあああっ! よく来てくれたねぇ、会いたかったよぉー! クソヴィッチイイィイエアアアアアアアアアアア────!!」
「ちょっとたっくん! いくら僕が可愛いからって、興奮しすぎだよよよっ!!」
「はっはっはぁー! 何だ、その格好はぁん! 喧嘩売ってるねぇ!? はっはっはっは────っ!」
「ふやややややややぁーっ!!」
タクロウはドロシーを肩を掴んで過去最高速度で激しく揺らす。その目は血走り、口を半開きにして歯をガチガチと鳴らし、抑えきれぬ殺意を溢れさせながら憎きドロシーを揺らし続ける。
「しゃ、社長ーっ!!」
「んやややややぁぁあーっ!」
「あなたぁぁあーっ! もうやめてぇー! ドロシーさんが、ドロシーさんが死んじゃいますぅーっ!!」
「ふぅはははははははぁーっ! はああああ────っ!!」
アトリは泣きながら夫に抱き着くが今日のタクロウは止まらない。
「タクローさん! ちょっと落ち着いてください! マジで社長が死んじゃいますって!!」
「あわわわわわわわっ」
「歯ぁ食いしばれぇ、くそめがぬぇえええええっ! 今日がテメーの命日だぁぁぁぁ────っ!!」
「あなたぁぁぁーっ!」
「いい加減にしろ、この野郎ぉぉぉーッ!!」
痺れを切らしたスコットがついにタクロウを殴り飛ばす。
「ぼあああーっ!」
タクロウはそのまま店の壁をぶち抜いて吹っ飛んで行った。
「ああっ、タクロウさーん!」
「んやややや……」
「大丈夫ですか、社長! 社長ーっ!?」
「ややややや……」
ドロシーは体を揺らされすぎて目を回していた。
丸い瞳がぐるんぐるんと忙しなく動き回り、スコットの腕の中でカタカタと痙攣する。
「ド、ドロシーさん! しっかりーっ!!」
「んゆゆゆゆゆゆっ」
「えーと、えーと……確かこうなった時は……!」
スコットは急いで彼女の眼鏡を外してつけ直す。
「……あっ」
「だ、大丈夫ですか!?」
「あれ、どうしたの? スコッツくん」
するとドロシーはすぐに意識を取り戻し、こちらを心配するスコットとアトリをキョトンとしながら見つめた。
「ああっ、ドロシーさん!」
「あれ、どうしたの? アトリちゃん。なんで泣いてるの??」
「ごめんなさい、明日にちゃんと説明しますから……今日はすぐに帰ってください!」
「え、どうして? 僕は」
「どぉぉぉぉぉおろしぃぃぃーいちゃあああああああ────んんん!!!」
店内に響き渡る不気味な声。スコットに殴り飛ばされたタクロウはゆらゆらと身体を揺らし、目にぼんやりとして怪しい光を灯しながらのしのしと近づいてくる。
「ああぁぁぉーそびぃぃぃーましょぉぉぉおおお────ん!!」
怒りのあまり正気を失い、ドロシー絶対殺すマンと化したタクロウが目にも留まらぬ速さで駆け寄る。
「だ、駄目です! あなたっ!!」
アトリが咄嗟にドロシーを庇うと、タクロウの拳が彼女の鼻先でピタリと止まった。
(……速っ!!)
スコットはタクロウの速さに反応出来ず、悪魔の腕をドロシーの防御に回すのが精一杯だった。
「退いてくれ、アトリさん」
「退きません!」
「頼むよ、マジで……流石にこれは……」
「どうしてそんなに怒ってるの? そんな顔してたらアトリちゃんが泣いちゃうでしょ。ほら、笑って笑って」
「……」
この期に及んで惚けたことを言うドロシー。当然ながら周囲の空気は凍りつき、スコットも絶句した。
「……え、え? 何? え、殺? 死? ころ、殺されたいの? んん? 殺して欲しいの? いいよ、 殺しちゃうよ??」
「だから、どうして? 殺される理由を聞きたいんだけど。タクロウ君になら殺されても悪い気はしないけど」
「だ、駄目ですよ、ドロシーさん! どうしてそんなっ!!」
「その前に理由くらい聞かせてくれてもいいんじゃない?」
タクロウはギリギリと歯ぎしりをする。どうして彼女はここまで人の神経を逆撫でする台詞を吐けるのか。
「……お前、喋ったろ?」
「?」
「十字架背負った女の子に、喋ったろ? 俺の……全部話しただろ??」
「え? 何それ、知らない。僕は君の過去なんて誰にも話してないよ」
ドロシーはそんなタクロウに目を丸めて言った。
「いやいやいや、いけないよ。いけない。嘘はいけないよ、どろしーちゃん?」
「本当よ。十字架を背負った子は知ってるけど、タクロー君の過去については何も教えてないわ」
「え、何? しらばっくれる気? え、死にたいの? 死なすよ??」
「あのね、タクロー君。僕はどれだけ君が自分の過去について悩んできたかを察してるし、それを他人に教えないという誓いを立てた記憶もちゃんと受け継いでるの」
「……」
「あんまり僕を馬鹿にしないでくれない?」
ドロシーが真剣な表情で発した言葉にタクロウは黙り込む。
彼女は嘘をつかない。日頃の行いや態度から口が軽そうに思われがちだが、ドロシー・バーキンスは義理堅く友達思いの人物だ。たとえ本人にどう思われようと、彼女が友達、そしてファミリーと認めた相手には何処までも恩情を見せる。彼女はそんな女性なのだ。
「……本当か?」
「うん」
「なら……その子がスカル・マスクについて聞いてきた時になんて答えた?」
「その人なら ブレンダ先生 がよく知ってるとだけ」
「それをバラしたって言うんだよ、ボケがぁぁぁぁ────!!!」
……ただし、それはそれとして彼女が真性の魔女である事に間違いはない。