6
「まぁ、つまりこの店はそんな感じで飯を食うところだ。女の子が目をギラギラさせて『勝負なのですー』とか物騒な台詞を言う場所じゃないんだよ」
タクロウは優しい声で銀髪の少女に言い聞かせる。
「……」
「わかったか?」
「……わかったのです」
「よし、んじゃあ しっかり食いな」
このようにタクロウは顔に似合わずドがつく程のお人好しで滅多な事で怒ったりはしないのだ。店を壊したり、妻に手を出したり、生意気なクソヴィッチが現れた場合はその限りではないが……
「怒らねえんだな、店長」
「怒ったら嫌われるだろ。ただでさえ顔が怖いのにもっと怖がられたらたまんねぇわ」
「あ、やっぱ気にしてるんだ。その顔」
「はっはっは、じゃあっくっ! 一言多いぞ? んん??」
タクロウはジャックがさり気なく呟いた一言を聞き逃さず、満面の笑みで彼の顔を見る。
「ひいっ! ゴメンナサイ!!」
「はっはっ、ジャックも学習しないナ」
「本当にねー」
「まぁ、ジャックは馬鹿だしな!」
ビッグ・バードは再び明るい雰囲気に包まれる。タクロウはその様子を満足気に見つめ、アトリもそんな夫を見て大きな幸せを感じていた。
「……」
「ああ、賑やかで悪いな。でもこれが俺の店なんだ……我慢してくれ」
「ううん、いいところだと……思うのです」
「ありがとうよ。ちなみにそのスカル・マスクって奴なんだが……」
少女は食事の手を止める。
「とっくの昔に死んだよ」
「……死んだ?」
「そう、俺はただの知り合いだ。世話にはなったけどな」
「ウソ! スカル・マスクは死なないはずです! 不死身だって聞いたのです!!」
少女は興奮気味に立ち上がり、力一杯にテーブルを叩いて叫ぶ。
頑丈な素材で出来ている筈のテーブルは真っ二つに割れ、食べかけのオムレツも台無しになる。常連客は一気に静まり返り、再び店内の空気は一変する……。
「……あ」
「誰から聞いたのか知らんが、不死身なんていう与太話を本気で信じてたのか? 死ぬよ、どんな奴もいつかは死ぬ」
「……」
「……アイツに、恨みでも有ったのか?」
目当てのスカル・マスクが死んだと伝えられ、少女は力なく座り込む。
「……戦ってみたかっただけです」
「戦ってどうする?」
「勝ちたいのです」
「ふぅん?」
「そうしたら、私が最強だと……認めてもらえるのです」
タクロウは彼女の話を何とも言えない表情で聞いていた。
アトリや常連客も空気を読んで静かに様子を見守っている。騒がしくなったり、静まり返ったりと何かと忙しい人達である。
「そうしたら……お姉ちゃんも」
「ま、アイツはもう死んでるし……お嬢ちゃんが最強でいいんじゃないか?」
「ちゃんと戦って勝たなきゃ……意味がないのです」
少女は悔しげに呟くと、席を立ってカウンターまで歩き出す。クシャクシャになった数枚の紙幣をコートから取り出し、そっとカウンターに置いた。
「料理、美味しかったのです。これ、壊したテーブルの……」
「あ、もういいの? また新しく焼いてあげますよ……??」
「いいの……その、ごめんなさい」
「待ちな、お嬢ちゃん」
タクロウは少女が出した紙幣からオムレツセットの代金を引き、残った紙幣と共にお釣りを手渡した。
「あ、あの……これは弁償」
「いらねぇよ、全然足りねえし。ほら、お釣りだ」
「……」
「次はそんな格好はやめて、お客様として来いよ? またオムレツ焼いてやるから」
「……ごめんなさい」
銀髪の少女は申し訳なさそうに頭を下げ、大きな十字架を背負いなおして退店しようとした。
「あ、そうだ。お嬢ちゃん一つ聞いていい?」
「?」
「その、スカル・マスクって名前……誰から聞いた? そもそも死んだはずのアイツがこの店にいるなんて」
「ドロシー・バーキンスが教えてくれたのです」
少女が言ったその名前にタクロウは硬直する。
「「「……」」」
アトリも思わず口を抑えて黙り込み、店内のお客様達は一斉に頭を抱えて俯いた。
「じゃあ……ご馳走様でした」
「……ん、ああ。ありがとうよ、また来てね!!」
タクロウは笑顔で手を振りながら少女を見送った。
店内は依然として凍りつくような重い静寂に包まれ、その中で唯一動けたアトリはそろりそろりと彼に近づく。
「……あの、タクロウさん?」
「んん? なんだいマイハニー??」
「大丈夫ですか?」
「なんだよ、急にー。はっはっ、別に変なところなんてないだろ?」
「そ、そうね……」
「あー、それにしても可愛かったなあの子。ちょっと変わった所があるけど、良い子じゃないかー、はっはっは」
タクロウは笑いながら厨房に戻っていく。アトリはそんな夫の背中を悲しそうな顔で見送った。
「あ、あの……注文、いいかな?」
「あ、はいはーい! ごめんなさいね」
「……死んだな、クソヴィッチ」
「あの笑い方は相当、頭にきてるな……ご愁傷様です」
「店長に殺されるなら、バーバヤガーも本望だろ」
「みんなで花は添えてやるか……一応、俺たちも助けられたことあるし」
常連達はクソヴィッチことドロシーの死を予期し、静かに十字を切る。
「……ところで、スカル・マスクって誰?」
「さぁ……店長の友達だろ。俺は会ったことないけど」
「店長は死んでるっていってたな……でもドロシーにしては随分悪趣味なことしたな。そこまで暇なのかねぇ」
「ただ店長ニ構って欲しいダケじゃないカ?」
「どんだけ店長好きなんだよ、あのクソメガネ。ひょっとして本気で惚れてんじゃね??」
「いやいや、いくらドロシーでも既婚者に手を出したりしないだろ」
常連達の間で密かに店長の厄介ファン疑惑が浮上するドロシーだが、実際のところどうなのかは定かではない……
「……ハリー、あの人は 何だったのですか?」
そして場面は深夜の路地裏に戻り、銀髪の少女こと柩 絢香はハリーに問いかけるが重い十字架は何も答えない。
「絢香?」
彼女の姉、柩 小夜子はいつもと様子が違う妹の姿に少し困った笑顔を浮かべつつ、その肩を優しく叩いた。
「帰りましょう? 先生も心配しているわ」
「……わかってるよ、お姉───」
「えっ?」
「……小夜子」
「……もう!」
絢香は咄嗟に出しかけた言葉を噛み殺し、気まずそうに姉の名を言う。小夜子はその事を残念に思いつつも、妹と手を繋いで路地の闇に消えていった。