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調子に乗った悪い子を叱りつけるのは大人の務め。
「出てくるのです、出てくるのです! さっさと出てくるのです! さもないと……!!」
「ああーっ! 待って、撃たないで! 撃たないでーっ!!」
何より恐ろしいのは大人数人分の重さがありそうな超兵器を軽々と持ち上げる少女の怪力。
この街で色々とおかしいものを見てきた常連達も思わず唖然とし、アトリも大慌てで説得を試みる……その時だった。
「ボルドーの丸焼きお待ちー……って、何この空気?」
厨房から出てきたタクロウは一変した店内の空気に困惑する。少女はタクロウの姿を見た途端、彼に砲口を向けて大声で叫ぶ。
「お前がスカル・マスクですか!」
「タ、タクロウさん……!」
「……お嬢ちゃん、誰?」
「え……知り合いじゃないんですか!?」
「いや、全然知らない子。え、何 その格好……新手の宗教勧誘か何か?」
「やっと見つけたのです、スカル・マスク!」
「ああ、アニメのコスプレか。気合入ってんなー」
「私と戦うのです、スカル・マスク!!」
少女はタクロウを『スカル・マスク』と呼んで闘争心を剥き出しにする。
「ナンデ?」
だが当のタクロウは少女と面識が無く、物騒な代物を自分に向けてスカル・マスク、スカル・マスクと連呼するコスプレイヤーに困惑するしかなかった。
「私と勝負するのです!」
「……あー、はいはい。とりあえず席に座って?」
「勝負です!」
「お客様? 席に座って?」
「勝負……!」
「お客様??」
タクロウはゆっくりとした歩調で銀髪の少女に近づく。
表情こそ笑顔だが距離を詰めるに連れてその声色は徐々に変化していく。何より彼にとっては優しい笑顔のつもりでも、対峙する少女から見れば彼の顔はあまりにも怖かった……
「わ、私と」
「お客様? ここは飲食店ですよ?」
「しょ、しょう……」
「注文は??」
タクロウは銀髪の少女の眼前に立つ。闘争心を剥き出しにしていた少女も徐々に彼の気迫に圧され、その顔に汗がにじみ始める。
「ご注文は?」
「えっ……」
「ここは飲食店だぞ? 店に来たらまず注文だ。いいね??」
「……あ、あの」
「ご注文は?」
タクロウは腕を組みながら少女を見下ろして威圧感たっぷりに言う。
自分を見下ろす身長190cmオーバー、ゴリマッチョなサイボーグボディのオッサンの迫力に圧倒されて少女の身体はカタカタと震えだす。
「あわ……」
いつの間にか少女の瞳には大粒の涙が浮かび、今にも泣き出しそうになっていた。
「注文だ、注文を寄越せ。ここは飲食店だぞ? 注文を……早く、早く早く早く」
「あ、あう……あうう……」
「タ、タクロウさん? この子怖がっちゃってるから……そのくらいにしてあげてね??」
見かねたアトリがタクロウを制止する。妻から見ても今の夫の迫力は半端じゃないらしく、その体は小さく震えていた。
「泣くくらいなら最初からおふざけは止めろ、いいね?」
「あ、あの……」
「いいね?」
「あ、はい……」
タクロウの至極真っ当な意見に銀髪の少女は震える声で答えた。
「それではお客様、こちらの席へどうぞ」
「わ、わたしは……」
「こちらの席へ、どうぞ?」
銀髪の少女はタクロウに案内されるがままテーブル席に付く。
「あんな武器見たことあるか……?」
「いや……ていうか、あれは女の子が持ち運べるものなの??」
「いやいや……俺たちでも無理じゃねえかな」
ハリーと名付けられた十字架っぽいナニカは少女の隣に置かれ、その溢れ出る冒涜的な威圧感で他の客を圧倒していた。
「ご注文は?」
「え、ええと……じゃあ……お、オムレツセットください、です……」
「お客様、ドリンクは何にしますか?」
「え、えと……あっぽぅじゅーす」
少女は震えながら注文する。アトリは落ち着かない様子で夫の顔色を窺い、半ば強引に料理を注文させられた少女も緊張で体を強張らせている。
「はい、少し待ってな」
注文を受け取ったタクロウは鼻歌を歌いながら厨房に戻る。
「……」
銀髪の少女は冷や汗をかきながら彼の背中を見つめ、常連客達は少女が無事だった事に安堵のため息を吐く。
「……何か、今日の店長 怖くね?」
「店長、子供嫌いなのかな……意外だな」
「はっはっはっ、じゃあっくっ! 俺は子供好きだぞ?」
「ひいっ! スミマセン!!」
ジャックが漏らした一言にタクロウは笑顔で返答する。そして彼が厨房に戻ったのを確認してから少女はほっと一息ついた。
「あんまり怖がらないであげてね?」
「ぴっ! べ、べべ別に怖がってないのですす!!」
緊張の糸が切れた瞬間にアトリに声をかけられ、少女は面白い悲鳴を上げる。
「……」
「……ぶっ、くくく」
「ば、ばか! 笑うなって……くくっ」
「ふ、ふふふふ」
常連の一人が、彼女の発した珍妙な悲鳴を聞いて我慢できずに笑い出し、彼に釣られるようにして店のみんなが大声で笑う。彼女は羞恥心のあまり顔を真っ赤にした。
「~ッッ!」
「あっはははははははは!!」
「こら! もうみんな、笑うのはやめてください! この子が恥ずかしがってるでしょ!!」
見かねたアトリが笑う客達を大声で諌めると、彼らはすぐに大人しくなった。
「……でも、いきなり勝負なんて言い出しちゃ駄目ですよ。驚いちゃうから」
「……」
「あの人に用があったの?」
「……うん」
アトリの質問に少女は気まずそうに答える。店内からはまだ小さな笑い声が聞こえるが、流石にこれ以上彼女を笑うのは可哀相だろう。
「私は、スカル・マスクと闘うために来たのです……」
「その……スカル・マスクって?」
「この店に居ると聞いたのです……私の、先輩」
「先輩?」
「そう、掃除屋の……大先輩なのです」
少女が発した『掃除屋』という単語にアトリは小さく反応する。
「……やっぱり、あの人がスカル・マスクですね?」
「え、ええと」
「ほいよ、特製オムレツセットお待ちー」
アトリを問い詰めようとした所でタクロウが少女の席に看板メニューである『特製オムレツ・セット』を運んできた。
「ほら、食いな。アトリさんは他の人の注文聞いてやって」
「あっ……はい。ごめんなさい」
「お、お前がスカル」
「んとなー、冷める前にお食べ? いいね??」
タクロウは少女の話を強引に逸らし、丹精込めて仕上げた特製オムレツを食べるよう勧める。
「……」
「別に毒なんていれてねーよ、ほら食いな」
乗り気じゃなかった少女もオムレツの放つ美味しそうな匂いに釣られ、ナイフとフォークを手にオムレツを食べ始めた。
「どうだね?」
「……ッ! お、おいしいのですっ」
少女の態度はオムレツを一口食べた途端にがらりと変わり、夢中になって料理を食べ進める。
「当然よ、愛情たっぷり込めてるからな!!」
その様子を見たタクロウはニッコリと笑って自信満々に言った。