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とある喫茶店で紅茶飲みながら夫婦愛について考えていたらこの話が生まれました。
「ふー、今日もお疲れさん」
「ふふふ、タクロウさんも」
店の掃除が終わり、タクロウは妻のアトリに労いの言葉をかける。
【ビッグ・バード】はそこまで大きな店ではないので掃除には苦労しないが、掃除するまでが大変だった。
「ジャックは相変わらず朝から晩まで居座るなぁ、ちゃんと注文してくれるのはいいけどよ」
「ふふふ、先生も毎日忙しいのによく顔を出してくれるわね。タクロウさんのオムレツが余程気に入ったんでしょうね」
「いやぁ、殆どの客は君目当てだよ」
「いえいえ、タクロウさん目当ての人もいますよ」
「ないない、この顔だよ?」
「その顔が良いの。寝顔はとっても可愛いから……」
よくこんな自分の店に沢山の客が来てくれるようになったものだ。タクロウはその事を感慨深く思いながらぐっと腰を伸ばす。
「でも今日はあの人が来てくれなかったわね」
「どの人?」
「ドロシーさん。いつも水曜日には絶対に顔を出してくれるから……」
「うーん、来なくていいよー。もう来なくてもいいよ、アイツは」
「タクロウさんはドロシーさんが来なかったら少し寂しそうよ?」
アトリが口にした言葉にタクロウは目を見開く。
『むしろあの魔女の顔が見れなくて嬉しいくらいだよ』
喉元まで出かけたその言葉をタクロウは何とか飲み込んだ。彼女の顔を一目見る度に湧き上がるどす黒い殺意が、彼の忌まわしい過去を嫌でも思い出させる。それが何よりも不快だった。
「……タクロウさん?」
「あ、すまん。何でも無いよ……」
「……言わないほうがよかった?」
「うーん、どっちかと言うとね?」
夫の返答にアトリは少し残念そうな表情を浮かべる。
「もう、そんなこと言わないで。ドロシーさんはお友達でしょう?」
彼女にはあの魔女とタクロウが仲良し小好しに見えているのだ。
(ははは、冗談キツイぜ。マイハニー)
タクロウとドロシーの出会いは今から10年以上も遡るが、出会った日の事は今も忘れない。思い出すだけで彼の胃に穴が開くような痛みが走る程だ。
次にドロシーが顔を出したら食事に毒を混ぜよう……タクロウは密かに決意した。
「……まぁ、遅くならないうちに寝ようか。明日も頑張らないといけないしな」
「その前にお風呂に入りましょうか。今日はちゃんとお湯につかって……シャワーだけだと体の芯まで暖まらないわ」
「いやー、いいよ。シャワーだけで」
「駄目よ?」
「駄目かなー?」
「はい、駄目です。ふふふ」
「ははは……」
アトリよりも先に浴室を出たタクロウはソファーでテレビを見ていた。
『午後9時頃、13番街区の路地でバラバラになった男性の遺体が発見されました。遺体には血が一滴も残されておらず……』
「相変わらず13番街区は恐ろしいねぇ」
「そうね……はい、タクロウさん。ホットミルクよ」
「ん、ありがと」
「でも、私はこの街が好きですよ?」
「俺も、嫌いじゃあないけどな」
他の街区と比べて治安の悪い13番街区だが、それは此処が元々危険な異人や異能力者を隔離する為の区画だった事も関係している。
今でこそ人間も住める場所になっているが、40年程前に異人の隔離制度が撤廃されるまでは【異人区】という蔑称が付くほど荒んだ場所であった。
異人種間での争いが絶えず、異界道具の違法取引が横行し、犠牲者の数も比べ物にならないほどに多かった。現在は落ち着いているが当時の禍根は未だに根深く、今尚この街区の治安の悪さとトラブルの多さに影響しているのだ。
「ウソ、あなたはこの場所が大好きじゃない」
しかしそれでもこの13番街区を愛する住民がいるのも事実。魔境と呼ばれる13番街区だが、決して人が住めない場所ではないのである。
「バレた?」
「バレバレです、ふふふふ」
ミルクが入ったカップを置いてアトリはタクロウに抱き着く。
この13番街区で暮らしていなければ二人は出会わなかった。治安と秩序が乱れた場所だからこそ、タクロウとアトリは夫婦になれた。
「ふふふ、そろそろ寝ましょうか」
「そ、そうだね、寝ようか」
「……苦しかった? ごめんなさい、その……癖で」
「抱きつき癖は治らないな。本当に」
「ふふふふっ」
妻のアトリは異能力の無い普通の人間だが、異界門から現れた為に異人として扱われていた。
外の世界に居場所は無く半ば強制的にリンボ・シティに送られ、その美しさに目をつけたろくでなしの手で娼婦に仕立て上げられる。
その美貌から娼婦仲間から疎まれ、14歳になるまでに二度も攫われて別の店に売り飛ばされた。買われた先の娼館で起きた客同士の諍いを機に逃げ出し、路頭に迷っている時にある女性に拾われ……紆余曲折を経て現在に至る。
「抱き着いているとすごく落ち着くんです……身体も、心も」
そんな悲惨な境遇の彼女をとある娼婦と共に救い人の心を取り戻させたのが、当時13番街区でオムレツの路上販売をしていたタクロウだ。
「……でも、ね? たまにはちゃんと寝ないとね? ね??」
「ふふふ、わかってるわ。今日はちゃんと寝ます」
「本当だよね?」
「ふふふっ」
そういう経緯もあって10歳以上も歳が離れていても二人はラブラブであり、結婚してから毎晩のように盛り上がっているという。
「でも、寝ぼけちゃってたら……セーフですよね?」
「……うん、それはセーフだね」
「ふふふ、冗談です。それじゃあベッドに行きましょう?」
「はいよっ」
「ひゃあっ」
タクロウはアトリを抱き上げ、その頬に軽くキスをする。
「ふふっ、愛してます。タクロウさんっ」
「俺もだよ、アトリさん」
「うふふふっ」
「はははっ」
クロスシング夫婦は幸せそうに笑いながらベッドルームへと向かった……
そんなアトリの夫であるタクロウにも彼女同様に重い過去がある。
だが、彼が妻に過去を打ち明けた一度もない。
彼がこの街で幸せを掴む前に何をしたのか、何をして生きていたのか。それを知るのはドロシーを含め過去から交流のある者達だけ。
彼曰く『恨まれるような事を沢山してきた』という。この13番街区に住む者達にはそのような人間も大勢居るが……
そんな彼らもかつての自分と比べれば善人だと、過去を聞かれる度にタクロウは言うのだ。
chapter.19「顔のない髑髏」 begins....
嘘偽りはありません。信じてください!




