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「なるほど、そんな事があったのか」
「めぱーっ」
ソファーの上でメリーに揺らされながらニックは言った。
「そうなのよ。新しいファミリーが増えると思ったのに、残念だったわ」
「社長……本気でアレをここに連れてくるつもりだったんですか?」
「デイジーちゃんのお願いだからね」
「めぺぇーっ」
スコットの隣に座るドロシーはニックで遊ぶメリーを抱き上げて悩ましいため息をつく。
「ううっ……街で事件が起きていたと言うのに……どうして私は!」
「気にしないで、ブリジット。貴女は何も悪くないわ」
街とファミリーの危機に駆けつける事が出来なかったブリジットは悲しみの涙を流す。
「うううっ!」
「そうそう、バイト中だったなら仕方ないよ。ところでその服はバイト先の衣装?」
今日の彼女の衣装は胸が零れそうになるほど胸元が大きく開いたバニーガールコスチューム。
新しいバイト先は水商売ではないと聞いていたのだが、その服装はどう見てもそっち系の物だ。
「競馬場で働いてるって聞いたんだけど、その格好でお馬さんの世話をしてるの?」
「……いえ、実はあの競馬場は諸事あって経営がギリギリで今月の給料はまだ……なので別の店の仕事も」
「もう社長に給料上げてもらいましょうよ、ブリジットさん!」
「そんな! マスターにこれ以上迷惑をかける訳にはいかない! それに私の身体で資金問題が解決するなら望むところだ!!」
「望まないで!?」
豊満な胸をボヨンと揺らして堂々と宣うブリジットにスコットは突っかかる。
ブリジットが働く競馬場とはグリーン・ダウン・パークの事であり、前経営者の悪事が異常管理局に暴かれてしまった為に何かと面倒な事になってしまっているらしい。
それでも閉鎖にまで追い込まれていないだけマシだが。
「まぁ、ブリジットがそう言うなら……」
「めぱー」
「納得しないでくださいよ、社長! 彼女もファミリーでしょ!?」
「だって言っても無駄だし。ブリジットが性欲も御しきれないケダモノに負ける訳ないからね、むしろドンドン彼女を襲って返り討ちに遭ってくれた方が世のため女の子のためよ。この子のお陰で沢山の女の子が救われるんだから結果オーライー」
「人の心は無いんですか!?」
「人の心がわかる相手が女の子を襲うわけないじゃない。つまり女の子を襲うような奴に情けは無用なのよ」
「ブリジットさんの扱いの方ですよ!」
どうもドロシーはブリジットの扱いが他のファミリーに比べて軽薄だ。
彼女なりにブリジットを信頼しているからこそなのだろうが、もう少し優しさを見せてあげて貰えないだろうか。
「マスターにそこまで信頼されるとは……光栄の限りです。貴女の信頼を裏切らぬよう、ブリジットはこれからもこの身を懸けて」
「アンタもアンタで面倒くさいな!? ちょっとは美人である自覚を持ってくださいよ!」
そしてブリジットもそろそろ自愛を覚えてくれないだろうか。
「確かにブリジットは自分を大事にするべきだ」
「ですよね? ニックさんもそう思いますよね!?」
「でもブリジットはあまり女扱いされたり、優しくされても嫌がるのよね」
「そうね、私はもう少し女らしく生きてもいいと思うのだけど」
「私は女だが、それ以上に騎士でもある。女であることを理由に気を使われるのは容認できないな。騎士の称号を得た時に女を捨てる覚悟も済ませている」
「うふふ、面倒くさい子でしょう? でも、こういうのに下品な男は惹かれるものですから。下手に女らしくなられるよりはこのまま放っておいて悪い子を減らすお役に立ってくれた方が都合が良いのですよ」
「万が一の事があって子供が出来れば考えが変わるかもしれないものね」
スコットとニックは今日も女性陣の壊れ具合に寒気を覚え、そっとドロシーから逃げるようにソファーの端に移動する。
「……何があればこんな女になるんですかね」
「……環境……かな?」
「はっはっ、女性はこのくらいわかりやすく突き抜けてくれた方が魅力的ですよ。スコット様もよくご存知のはず」
「いやいやいや!」
老執事がニコニコ笑顔で発した言葉をスコットは真顔で否定する。
とは言え、事実としてスコットはドロシーと結ばれているので老執事の発言もあながち間違いではない。そもそも普通の女性がスコットと付き合える筈がないのだから。
「ところで、デイジーとアルマはどうしたんだ?」
「んー、連絡しても出てくれないのよね。デイジーちゃんも友達を失ってショックを受けてるだろうし……今はそっとしておいてあげましょう」
「……」
「スコッツ君が連絡したら出てくれるかも知れないけど」
「やめてください、社長」
◇◇◇◇
「そっか、アイツはお前の新しい友だちになったのか」
「……はい」
「でも、死んじまったんだな……」
「……はい」
13番街区にあるホテルの一室でデイジーはアルマに膝枕をされていた。
「……オレ、助けられませんでした……」
「仕方ねえよ、デイジーは戦えねえんだから。そういうのはあたしらの役目だ」
「……」
「あんまり思い詰めた顔すんなよ。デイジーは悪くねーよ、むしろあたしらが居ないのにたった一人でよく頑張ったよ」
「……ッ」
「だから我慢しないで思いっきり泣け。デイジーが元気になるまで一緒に居てやるから」
アルマは優しく微笑みながらデイジーの頭を撫でて言う。
「……何だか、今の姐さん……ルナさんそっくりですね」
「双子なんだから当たりだろー? 今更何を言ってんだ」
「……いつもの姐さんと違うんで落ち着けないです」
「何だとー? じゃあこうされたいのかーっ!?」
「ふぇああっ!?」
デイジーの言葉にカチンと来たアルマは膝を退けて彼の上にガバッと跨る。
「ちょ、ちょっと姐さんー!」
「余計なこと言うからこうされるんだぞー? わかってんのか、デイジーッ!」
「ひゃああっ! や、やめてーっ! ごめんなさい、ごめんなさいーっ!!」
「うるせー! ずっと膝枕してやったんだから今度はデイジーが乳枕しろーっ! ぱふぱふーっ!!」
「ひゃぁぁんっ!」
いつもと違うと思いきや、余計な事を呟いたせいでいつもの調子に戻ったアルマにデイジーは弄ばれる。
「……ふふふっ、ふふっ」
「ん、どうした?」
「何でもないですっ!」
だが今日のデイジーはそんな彼女がとても愛おしく見え、照れくさそうに笑いながら彼女をギュッと抱きしめた。