17
そなたは今、泣いていい。泣いてるそなたはビューティホー。
〈……ア、ガッ〉
心臓部にブレードを突き立てられ、地上に落下していくラーカイムをデイジーは無言で見つめる。
(……なんだ、その目は……どうしてそんな目で私を見る……)
(……どうして……)
どうしてデイジーはそんな目で自分を見つめてくるのか。
彼の瞳に宿る悲しみの意味を理解できないまま、ラーカイムは堕ちていく。
「……ッ」
ラーカイムが地上に叩きつけられる寸前、デイジーは思わず目を逸らした。
表面が焦げて黒く変色したラーカイムの姿はデーアハトと殆ど区別がつかなくなっており、彼と瓜二つの相手が死にゆくところをこれ以上見ていたくなかったのだ。
「……これはまた、酷い有様だなぁ」
見るも無残な姿で息絶えるラーカイムを前にジェイムスは頭を掻く。
ラーカイムの攻撃で吹き飛ばされたがジェイムス達はほぼ無傷であり、皆が何とも言えない顔で焦げた鉄塊を見つめる。
保護区の動物達が少々犠牲になってしまったが最悪の事態は免れた上に被害も最小限に抑えられた事にジェイムスは安堵する。
「まぁ、これで一件落着だな。コイツを回収して本部に戻るぞ」
「……一件、落着なんですかね……結構な被害が出ちゃったと思うんですが」
「ウン……」
「これくらいの被害は全然許容範囲内だ。むしろこれで済んだだけ奇跡とすら言えるね」
異界門が一日に二度も開いたのに、被害は保護区の希少動物数頭と15番街区に死傷者数人のみで抑えられた。
これは過去の事例と比較すると正に奇跡としか言いようがないものだ。
しかも二度目の異界門が開いたのはヒュプノシアの檻からそう離れていない場所。鉄塊達の火力と機動力を考慮すると流れ弾が檻に届かなかったのが不思議で仕方がない。
もし檻が壊れていれば14番街区と15番街区は保護区ごと廃棄されていただろう……
「よし、俺の魔法で浮かせるから少し離れて」
「わー、見てよ! スコッツ君! 見事にスクラップになってるわよ」
「……本当ですね」
「これでも生き物なんだって。本当に異界の生き物って不思議ねー、どう見ても唯のロボットなのに」
「ロボットでも死にたくないって思える心があれば立派な生き物だってことでしょうね。まぁ、どうでもいいですけど」
ジェイムスがラーカイムを運ぼうとすると野次馬を押しのけてバカップルが見学に来た。
「……君達、危ないから退いてくれない? 一緒に運ばれたいの??」
「この子は僕たちが倒したんだからちょっとくらい良いじゃないの。キッド君は後から来ただけの癖にー……あれっ、何かふわふわするんだけど」
「ちょっ、ちょっと! 待ってください! 社長まで浮いてますよ!?」
「いや、運ばれたいって顔してたから」
ドロシーの身体がラーカイムの遺体と一緒にふわりと浮かぶ。ジェイムスは目から光を失った代わりに魔法杖を輝かせ、ドロシーごとラーカイムを移送する。
「ふやぁぁーっ」
「ほらほらお前達、道を空けなさい。鉄くずとクソヴィッチのお通りだよ」
「ジェイムスさん! ジェイムスさん! ちょっと落ち着いてください!!」
「何だ、スコット。君も一緒になりたいのか? いいよ、混ざれよ。二人仲良く死体と一緒に運んでやるよ」
「いやいや誰もそんな事言ってませんから! 社長を降ろしてください!!」
「あははっ! 案外快適よ、スコッツ君! 君もおいでー!!」
「なんで楽しそうにしてんですか、社長!?」
ドロシーはそのままラーカイムと運ばれる。
スコットは必死にジェイムスに止めるよう訴えたが、ジェイムスが彼女を開放したのは転送台に到着してからだった……
「……ぐすっ」
15番街区から少し離れた13番街区にあるビルの屋上でデイジーは涙を拭う。
デーアハトの亡骸は空っぽの胴体を開けて彼の隣に鎮座する。彼が存命であった頃は支配できなかった鉄の身体も、今では自分の手足のように動かせる。
それこそ忠実な操り人形のように。
「……」
そしてそれがデーアハトはもうこの世に居ないのだという事実を残酷なまでに突き付ける。
あの黒い鉄塊はデイジーが操らなければ二度と動かない。鉄塊と融合すればデイジーの悩みはほぼ全て解消され、もう夜道を怯えながら進む必要も無くなる。
暴漢や変質者に追われる度に『もっと強ければ』と神を恨まずに済むのだ。
「本当に、神様ってやつは……」
こうしてデイジーの切なる願いは再び叶えられた。彼にとって最悪な形で。
「……こんなの望んでないよ! 俺は、俺はただ、コイツに……!!」
「デイジーッ!」
一人涙を流すデイジーの元に息を切らせながらアルマがやってくる。
「……あ」
「ぜー……ぜー……っ!」
「姐さん……」
「大丈夫だったか、デイジーッ!!」
アルマはデイジーに駆け寄って彼を抱きしめる。
「怪我は無いか! 何処か痛いとこは!? 何もされてないか!!?」
「……ええ、はい。大丈夫です……」
「本当か!? 痛いの我慢してんじゃないのか!!?」
「何処も、痛くないですよ……!」
デイジーもギュッとアルマを抱きしめる。自分よりも少し背の低い少女の肩で声を殺しながらまた啜り泣いた。
「デイジー?」
「……う、ううっ!」
「……やっぱり我慢してんじゃねーか。しょうがない子だなー」
アルマはふふふと笑ってデイジーの頭を優しく撫でる。彼女に頭を撫でられたことで押し殺していた声が溢れ、デイジーは大泣きしてしまった。
「うううううっ!」
「よしよし、怖かったな。もう大丈夫だぞ、あたしがついてる」
「姐さん……オレ……っ、オレ……殺しちゃいました……!」
「ん?」
「オレ……人っ、人を、殺しちゃいましたっ……!!」
デイジーは泣きながら告白する。
この街で暮らしていながらデイジーの感性はまだ常人のそれであった。
命を奪って平然としていられるほど強くもなければ、ラーカイムをデーアハトの仇だと憎み切る事も出来ない。
デーアハトの亡骸を操って、デーアハトと同じ姿の兄弟を殺したという事実に耐えられなかった。
「……そっか、殺しちまったのか」
「うううっ……!」
アルマはすぐ傍で佇む空っぽの鉄塊を見て大凡の事情を察する。
黒い鉄塊を追って此処まで来たのだが、まさかあの鉄塊の中にデイジーが入っていたとは。
「ま、いいや。今は好きなだけ泣いとけ」
「うううううっ!」
「泣き止んだら、アルマ姐さんが全部聞いてやるからさ」
「うあああああんっ!!」
デイジーが泣き止むまで、アルマはずっと彼を抱きしめていた。