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ハーブティは集中力を上げてくれるので読書のお供にもってこいです。いいですよ、ハーブティ。
「いだぁぁっ! い、いきなり何するんですか!?」
「オレは女じゃねぇぇえー!!」
腫れ上がる頬を擦るスコットにデイジーは殺気立たせながら叫ぶ。
「えっ!?」
「オレは男だ! どこをどう見たら女に見えるんだ、コラー!!」
「どこをどう見ても女にしか見えませんけど!?」
スコットの言葉通りデイジーの姿はどう見ても女性。
それもドロシー達に勝るとも劣らぬ美少女だ。
「女って言うなー! オレは男なんだよぉ! オレが男だって言ったら男なんだよぉおー!!」
折角泣き止んだのにデイジーは再び大きな瞳に涙を浮かばせる。
「ちょっ、泣かないでくださいよ!」
「う、うるせぇえー! 泣いてねぇよおおー! うぶぇえええ!!」
「うわぁあああ! ごめんなさい、ごめんなさい! 男です! 見間違えました、貴方は男です! どこをどう見ても男に見えます! だから泣かないでーっ!!」
スコットは本日二度目の華麗な土下座を見せ、これ以上面倒なことになる前に失言を詫びる。
「うぐっ、うぐっ……! お、オレは男だぁ! 心は、心はまだ男なんだよぉ! 心が男なら……オッパイあってもアレが無くなっても男なんだよぉ!!」
「よしよし、泣かないで。泣かないで、デイジーちゃん。君は立派な男の子だよ」
「うううっ!」
自分よりも背が低いドロシーに優しく抱き締められ、頭をなでなでされながらデイジーは震えていた。
「しゃ、社長……その人は」
「うん、デイジーは男の子だよ。頭の中はね……身体に関しては完璧に女の子だし、心の方もかなり女の子っぽくなってるけど」
「社長ォォォーッ!?」
「ううううっ!」
「何のために俺が土下座したと思ってんですか! アンタには人の心ってもんが無いのかぁ!?」
デイジーを慰めながらも的確に心の傷を抉ってくるドロシーに流石にスコットは本気で苦言を呈した。
「落ち着いたかしら?」
「ぐすん……すいません。迷惑かけました」
マリアに淹れて貰った温かい紅茶を飲んで少し落ち着いたのか、デイジーの顔からようやく涙が引いた。
「スコッツ君も一歩間違えたらデイジーちゃんみたいになってたかもしれないのよね」
「……」
「ぐすっ、スコッツも偽の求人に騙されてこの街に来たのか……」
「まぁ、はい……スコッツじゃなくてスコットです。デイジーさんは、いつからこの街に?」
「……3年前だったかな。両親がアル中な上にオレをよく殴ってくるダメ人間でさ、こっそりバイトして貯めた金を持って家出したんだ」
「……お気の毒に」
「自分で言うのも何だが、人間だった頃のオレは不細工だったからな。愛されなくても当然だと思うくらい……」
「子供を愛さない親がいるなんて私には信じられなかったわね。ご両親は本当に人間なのかしら」
「子作りの時に人間らしい心を全部デイジーちゃんに渡して脳が猿以下に退化したんだろうねー」
「それで……家出してからも色々あってさ。お金に困ってた時にこの街の求人を見つけたんだ」
ティーカップを机に置いて膝で手を組み、デイジーは自分の過去を語りだした。
「その頃のオレは馬鹿だったし、本当に困ってたからさ……高い給料と旅費まで負担してくれるって言うんでまんまと応募しちゃったんだよ」
「……」
「知人から金を借りて何とか片道分の旅費を用意出来たオレはこの街に渡ったんだ。そして黒い門を通って、面接会場まで行ったんだが……」
その時を思い出し、デイジーは再び涙を浮かべて机に突っ伏した。
「……気がついたら、頭だけになってた」
「何があったんですか!?」
あんまりにも急展開が過ぎるデイジーの話に思わずスコットはツッコミを入れる。
「オレにもわかんねぇよ! マジで、気がついたら頭だけになって変な容器に入れられて……何処かに運ばれる途中だったんだ……! 目の前には、オレの右腕だけが同じように置かれてた!!」
「う、うわぁ……!」
「部品屋だね。酷いことするよ……」
「いつ聞いても酷い話ね」
「頭だけなのに何で生きてるんだとか、何でこうなったんだとか、これからどうなるんだとか、考えれば考えるほど怖くなったよ……! 今でも夢に、夢に……ううう!!」
「よーしよーし、泣くな泣くな。もう大丈夫、あたしたちが一緒だからな? な?」
「あ、あの……これ以上は無理して話さなくてもいいですよ。辛いことはあんまり思い出さないほうが……」
スコットは今の話で完全にデイジーに同情し、これ以上彼のトラウマを抉らないように気を使う。
「ううっ……それから暗い倉庫に入れられてさ。どれくらい経ったのかわかんねぇけど……ある時、黒スーツを着た怪しいオヤジに買われたんだ」
「え、あの、無理に話さなくても」
「そこからが本当に地獄だった。オレの頭を買ったオヤジがとんでもないド変態野郎で……!」
「聞こえてますか!? 無理しなくていいって!!」
「オレの頭を変なのにくっつけたり、花瓶みたいに棚に飾ったり、『夕食は何を食べたいかね?』とか聞いてきたり、まるでオレを玩具だかペットか何かみたいに……!」
しかしデイジーは話を止めるどころか、益々感情を込めてえげつない内容の話を続ける。
「ついにはオレの頭を使って……!」
「もうやめてぇ! それ以上は聞きたくないです! もう勘弁してくださいぃいー!!」
既に同情するどころか一種の親近感すら覚えてしまっていたスコットは泣きながら話を止めるように嘆願する。
「……そして、気がついたらこの身体になってた」
「……」
「何があったか、知りたい……よな?」
「……いえ、もう十分です。ありがとうございます……」
スコットはデイジーに悲しみに満ちた視線を向けながら、過去のトラウマに向き合って聞きたくもない事を洗い浚い話してくれた彼を心から尊敬した。
そして同時に、この街に来てしまった事を再三に渡って深く後悔した。
特に、ローズマリーのハーブティは心労やストレス軽減の効果があります。お試しあれ。