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「うーん、出ようとは言ったものの……何処をどう進めばいいんだか」
デーアハトを連れてデイジーは森の中を進む。
「とりあえず真っ直ぐ進めばそのうち突き当たりに出るだろうけどなぁ……」
〈空を飛べば、すぐに此処を出れるぞ〉
「ダメダメ、空なんて飛んだらすぐに捕まっちまうぞ!」
〈そこまで優秀なのか? ノロノロと飛ぶ箱に乗っている奴は〉
「そーだよ! この街で絶対に敵に回しちゃいけない奴らだ! いくらお前が強くてもダメだ! 数が違うし、相手は魔法が使えるんだからな!!」
〈……そうなのか、なら……気をつけよう〉
実際、異常管理局は優秀だ。殆どの職員が強力な魔法使い、もしくは異能力者でありその数も多い。
このリンボ・シティが様々な異人が犇めく混沌とした環境でありながら一応の秩序と治安が保たれているのも彼らの働きがあってこそなのだ。
「セフィロトって言う組織なんだけどな。アイツらはとにかくヤバいんだよ。言い方は悪いかもしれないけど、この街の実質的な支配者みたいなもんだ」
〈……支配者、か〉
「まぁ、支配者って言い方はおかしいかもしれないけどさ。どんな金持ちや権力者も逆らえないし、デカい事件の時は警察もアイツらの言いなりだ。敵に回さなきゃ大丈夫だけど、敵になったら最悪な相手なんだ」
〈……でも、そいつらの方から襲ってきたら、いきなり敵だと思われたらどうするんだ? 何もしてなくても、こっちが悪いことになるのか??〉
「そりゃあ……その、何とか話し合いに持ち込むしかねえよ」
〈話を聞いてくれないから、逃げてるんじゃないのか?〉
「う……」
デーアハトの鋭い指摘にデイジーは言い淀む。
「……」
〈デイジー?〉
「でも、戦うのはナシだ! 殺すのもダメ! とにかく此処を出ることだけ考えてろ!!」
〈……はは、わかった〉
「な、何だよ! 笑うなよ! 大体、お前がいきなり暴れなきゃ」
ゲアアアー! ゲアアー! ゲアアアーッ!!
「わわわわっ!?」
不意に聞こえた動物の鳴き声に驚いてデイジーはデーアハトにしがみつく。
〈……〉
「……べ、別に怖がってないからな? これは、お前にくっついた方が安全な気がしただけで……」
〈そうか、そうか〉
「な、何だよ! お前だって本当は怖がってるだろ! さっきまでの怯えっぷりを忘れてねーからな!?」
〈ああ、怖いなー。デイジーがいなかったら、ところ構わず撃ちまくったくらい、には〉
デーアハトは目を青く点灯させながら小さく笑う。
確かに恐怖は感じているが、それ以上にデイジーが隣に居てくれる事の安心感が強かった。
いつしか自分と同じようにちょっとした物音や動物の鳴き声に驚く彼を面白がる余裕が生まれる程に。
〈あ、気をつけろ、デイジー! 足元にっ〉
「わひゃあっ!?」
〈ああ、見間違いだった。すまない〉
「お、お前ー! あんまりオレを馬鹿にすんなよ! 本気を出したらお前の身体の自由くらいいつでも奪えるんだからな!?」
〈はははっ、すまんすまん……〉
ふとデーアハトが空を見上げると彼の視界に警告マークが表示される。
〈……デイジー〉
「ああ!? もう引っかからねーよ、バカ!!」
〈絶対に、俺から離れるな〉
「はぁ!? 何を」
デーアハトは小型アームでデイジーを抱き寄せ、ブースターを全開にして猛スピードで後退する。
「うおおおお!? な、何だよ! 何がっ……」
〈ガガッ、ビガッビ、ルルルルルルゥーッ!〉
「!?」
頭上から聞こえてきた耳障りな電子音。
デイジーが上を向くと、上空に開いた黒穴からこちらに向かって落ちてくる赤い鉄塊が見えた……
「なあああっ!?」
〈……ラーカイム! 貴様、もかっ!!〉
〈ガアアアアアアアアッ!!〉
空から現れた赤い鉄塊は絶叫しながら腕を変形させ、デーアハトに向かってキャノン砲を連射する。
「ふわわわわわあああーっ!?」
ドォン、ドォン、ドォン!!
「あああああっ! やめろ、やめろーっ!!」
赤い鉄塊は執拗にデーアハトを狙う。この街に現れた直後の彼と同じように極度の恐慌状態に陥っており、一心不乱にキャノン砲を撃ち続ける。
〈アアアアアアア、アハトオオオオオオオオーッ!!〉
「びゃあああああっ!?」
〈……デイジー、コイツは流石に殺してもいいな!?〉
発狂したラーカイムと応戦するべく、デーアハトも腕からガトリング砲を出して発砲。
戦闘厳禁、火気厳禁である筈の保護区は瞬く間に二体の鉄塊の戦場と化した……
「なーんか聞こえてくるなぁ、畜生!」
後輩達と保護区に足を踏み入れたジェイムスは森の奥から聞こえる銃撃音を耳にして顔を歪ませる。
「あー、あーっ! 先輩、空……空にぃっ!!」
「わかってる! 急ぐぞ! これ以上、森が壊されるまえに早くアイツらを黙らせるんだ!!」
「リョ、リョウカイシマシター!」
「うおおおおおっ!!」
「くそおおっ! なんでこのタイミングとこの場所に異界門が開くんだよぉ! 一日に二回も開くなんて勘弁してくれよぉーっ!!」
一日に二度も門が開くのはそうそうあるものではない。
だが開いてしまった以上は覚悟を決める他ない……しかも今回開いたのは保護区上空だ。
「急げぇー! ヒュプノシアの檻が壊される前に何とかしないと本当に終わりだぞぉーっ!!」
「だ、大丈夫です! ヒュプノシアの檻からは大分離れてますから!!」
「ダ、ダイジョウブカナー!?」
「うおおおおおおおおーっ!!」
ジェイムスは走った。
ひたすら走った。
またしてもこの街の運命を左右する事案に巻き込まれ、彼は『だからこんな仕事辞めれば良かっただろ』と辞表を出さなかった己を強く恨んだ。