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「多分、隠れるとしたら此処でしょうね」
ドロシー達は15番街区と14番街区の境目にある保護区の入り口に来ていた。
「ここって関係者以外立入禁止な場所ですよ? 入れるんですか??」
「入れないね」
「駄目じゃないですか!」
「ふふん、だからスコッツ君の出番なのよ」
「え?」
ドロシーはスコットの肩をポンと叩き、ふふんと鼻を鳴らす。
「ここから僕を担ぎながら大ジャンプしてあの森に飛び込んで」
「そんなので大丈夫なんですか!?」
「大丈夫よ。今からあの門番を魔法で気絶させるから、あの子達が目を覚ます前にパパッと入ってー」
「はぁ!? ちょっと」
パァン、パァン!
「待ちましょうよ!?」
毎度ながらドロシーの判断は早い。速攻で門番二人に気絶効果のある非殺傷魔法を撃ち込んで無力化した。
「それじゃ、お願いね。そろそろアーサーが迎えに来るから、ルナは先に帰ってて」
「ああ、もう! 仕方ないですね!!」
「気をつけてね、二人共」
スコットはドロシーを抱き上げて勢いよく跳躍する。一飛びで数十mの高さまで跳び、背中から青い悪魔の羽を生やして滑空した。
「……あの二人を気絶させる意味はありました?」
「あるよ、あの子達は真面目だから僕のお願いを聞いてくれないもの」
「気絶させたなら別にこうして飛び越えなくても」
「駄目よ、保護区の出入り口はあの子達が見張ってる門だけなの。壊したら大変なことになるし、周囲を囲う有刺鉄線は触ると即死だから飛び越えるしかないのよー」
「……本当に?」
「んふふ、本当だよ?」
ドロシーはそう言ってスコットにむぎゅっと抱きつく。
それっぽい出任せを言ってこうして抱きつきたいだけじゃないかとスコットは疑ったが、敢えて何も言わずに森の中へと降り立った。
「着きましたよ、社長」
「このまま運んでくれない?」
「嫌です」
「むーっ」
スコットに地面に降ろされてドロシーは渋々立ち上がる。
「……で、本当にデイジーさんとあの鉄の化け物は此処に居るんですか?」
「此処に来る前に管理局のヘリコプターが降りていくのが見えたからね。多分、間違いないわ」
「え、それだけで?」
「十分過ぎる理由よ。それじゃあ僕について来て」
そう言ってドロシーはスコットの手を取って森の中を進む。
彼女が保護区に進入するのはこれが初めてではなく、この森の地理や何処にどんな動物が居るのかも詳細に記憶している。
「ちなみにこのまま右に進んだらブリジットのバイト先に出るよ。挨拶しに行く?」
「そんな暇があるといいですね」
「ふふふ、冗談だよ。最近、ブリジットに会えてないから寂しいかと思って」
リンボ・シティの街中にあるとは思えないほどに長閑で落ち着いた場所。ドロシーの家の前に広がる森とよく似た環境だが……
「ひょっとして社長の家はこの中にあるんですか?」
「残念、この中には無いよ」
「でもあの森とよく似てますよね。ここ以外にリンボ・シティの中で大きな森なんて……」
「スコッツ君は僕の家がリンボ・シティの中にあると思ってるの?」
「へ?」
ドロシーの発言にスコットは首を傾げる。
「いや、壁が見えるからリンボ・シティの中でしょう?」
「ふふふ、僕の家から見える壁が内側から見たものとは限らないんだよ?」
「え、それって……」
「僕の家はリンボ・シティじゃなくて、その向こう側にあるの」
「は!?」
「リンボ・シティがあった世界に建っているのよ。そこから壁の内側に繋げて出入りできるようになっているの。空間連結システムのちょっとした応用よー」
「マジですか!?」
まさかの真実にスコットは驚愕する。
確かにリンボ・シティの中にしては異常なほど静かな場所だと思っていたが、よもや異世界に建っていたとは。
未だに底の見えない彼女達の実態に彼は震え上がった。
「でも、前にも教えたとおり壁は段々と広がってきてるの。もう数百年もしたら僕の家もこっちに来ちゃうでしょうねー」
「……デモス達はどうやってあのUFOを向こう側に運んだんですか」
「あのUFOは大きさを自由に変えられるのよ。可愛い玩具サイズにしてから僕の家に招待してから、外に出してあげたの。あの子達には向こう側の環境の方が住みやすいでしょうしね」
「……向こう側の人に文句言われませんかね」
「ふふふっ」
向こう側の人達を心配するスコットにドロシーはくすくすと笑いかける。
「その心配はないよ、スコット君」
「何でですか? 向こう側に住んでる人も居るでしょ??」
「向こうにはもう僕たち以外に誰もいないから」
「えっ?」
「もう誰も居ないの。あの世界の人達はみんな天使に連れて行かれちゃったわ」
ドロシーはそう言って切なげな表情で空を見上げた。
「……社長、その……天使って言うのはまさか」
彼女の口にした【天使】という言葉が引っかかり、スコットは彼女に聞き返す。
「そう、天使よ。スコット君も戦ったあの天使達」
「……その世界で何があったんですか?」
「ごめんね、実は僕もあんまり覚えてないの。その場に居たはずなんだけどね」
「……」
「何があったのかを知っているのはお義母様とアルマ先生にロザリー叔母様……そして僕のお父様だけ。興味があるなら後で聞いてみなさい。多分、教えてくれないだろうけど」
「社長でも教えてもらえなかったんですか?」
「うん。僕にも教えたくないくらいに、100年前のあの世界で酷いことがあったみたいなの」
100年前、リンボ・シティがまだ向こう側にあった頃。この世界が混乱の渦に飲まれる前に向こう側の世界でも大きな異変があった。当事者であるドロシーは異変の中心に居たと言うが……
不思議なことに彼女の記憶からはその時の出来事だけがスッポリと抜け落ちていた。