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ヒロインは可愛いもの。当たり前だよなぁ?
「へー、お前はデーアハトっていうのか。変わった名前だなー」
〈……デ、デイジーも変な名前じゃないか〉
デイジーは地面で寝転がりながら鉄塊と会話していた。
「お前の世界の奴らはこうしている間も殺し合ってるのかな」
〈……だろうな。そ、そうしないと、自分が殺されるから〉
「殺されるから殺して、そして殺されての繰り返しか……嫌な世界だな」
〈……俺も、そう思う〉
鉄塊、デーアハトはデイジーの隣に座っている。
鉄と油の匂いが充満する世界に生まれ落ちて二十年、自分以外の誰かとここまで穏やかな時間を過ごしたことなど無かった。
「お前の親は本当に嫌な奴だったんだな。いつか殺されるかもしれないからって……自分の子供を殺そうとするかよ、フツー」
〈デ、デイジーの親も酷かったじゃないか……どうして殺される心配もないのに殴るんだ? 力の無いデイジーを、傷つけて何の意味がある??〉
「……そんなオレを痛めつけるのが楽しかったんだろうさ」
〈……??〉
デイジーは青い空を見上げながら憂鬱げに呟くが、デーアハトにはその言葉の意味が理解出来なかった。
〈どういう、意味なんだ?〉
「あんまり言いたくねえ。とりあえず最低な親だった、それだけだよ」
〈……そ、そうか……っ!?〉
デーアハトの顔に一匹の蝶々が留まる。見たことも無い生き物に突然張り付かれて彼は混乱し、両腕を鉄砲に変形させる。
〈う、うわわわわわわっ!〉
「うおっ! な、何だよ!?」
〈顔、顔にっ!〉
「顔にって……ただの蝶々じゃないか。何でそんなのに驚いてんだよ」
〈そ、そんなのって! 俺、俺の世界にはこんな生き物はいないんだ! き、危険性は〉
「ねぇよ!」
蝶々は慌てるデーアハトを揶揄うようにヒラヒラと羽ばたく。
自分達のような【鉄塊】以外の生き物を知らない彼は、昆虫という力無き小さな命にさえ怯える酷く臆病な男になってしまっていた。
〈ほ、本当に! 殺さなくても大丈夫、か!?〉
「大丈夫だよ! だからその腕を何とかしろ!!」
〈わ、わわ、わかった〉
「……ったく、大丈夫かよ。蝶々に銃を向ける奴とか初めて見たよ」
自分以外の全てが敵という環境で育った彼にとって、見知らぬ生き物は銃を向けてくる同族よりも恐ろしい物に見えるのだ。
〈う、うう……!〉
ガサガサッ!
〈うおああああああああ!?〉
周囲の小動物の出す物音にも過敏に反応し、全身から物騒な武器をこれでもかと展開して四方八方に銃口を向ける。
「だあああーっ! やめろ、やめろ! そんなもん出すな!!」
〈うわわわわわわっ!〉
「あーもー、めんどくせーなぁーっ!!
そんなデーアハトを見かねたデイジーは彼が周囲を焼け野原にする前に急いでしがみつく。
〈う、うっ!?〉
「……落ち着けよ、ここにお前を傷つけるような奴はいないよ」
〈う……っ〉
「大丈夫、大丈夫……だから武器をしまえ。バカヤロー」
自分を宥めるようなデイジーの声と、彼の光る手から伝わる感情に当てられてデーアハトを落ち着きを取り戻す。
〈……〉
「落ち着いたか?」
〈……す、すまない。俺は……〉
「うるせー、次にまた暴れだしたらもう知らねえからな。流石にオレでも三度目は見捨てるよ」
〈……わ、わかった〉
デーアハトは武器を身体の中に格納し、目を青く点滅させながら座り込む。胴体に表示される点字のような光が彼の目であり、耳や口に該当する器官は存在しない。
「しかし不思議な身体してるなあ。オレの体も大概だけど、顔や口がない人間に会ったのは初めてだぞ」
〈……それはこっちの、台詞だよ。お前達程、怖い顔をした奴は見たことない〉
「この顔の何処が怖いんだよ! 結構、可愛い方だろ!?」
〈い、言っている意味がわからない! 可愛いってなんだ……!?〉
「可愛いってのはなー! えーと……その、殺したくないって事だ! うん!!」
『可愛い』という概念が存在しないデーアハトにどう説明すればいいのか解らずにデイジーはそれっぽい事を言って誤魔化す。
〈そ、そうなのか……〉
「つ、つまり殺したい奴は可愛くないって事だよ! うん! そういうこと!!」
〈な、なるほど……それじゃ、デイジーは『可愛い』だな〉
デイジーの説明から『可愛い』=『殺さなくてもいい相手』と解釈したデーアハトはハッキリと言う。
「はえっ!? い、いきなり何言ってんだよ、オメー!!」
自分で適当に説明しておきながら、デーアハトの可愛い発言にデイジーは顔を赤くする。
〈? いや、デイジーが、教えてくれたんじゃないか。デイジーは、『可愛い』と〉
「そ、そそ、そうだけどさ! あんまり口に出して言わなくていいから!!」
〈??〉
「そ、そんな目でオレを見んな! オレなんか全然、可愛くなんてないからなっ!!」
〈え、いや……デイジーは『可愛い』だろ?〉
「う、うう、うるせぇーっ!!」
出会って間もない相手に可愛いと連呼され、デイジーは思わず両手で顔を覆った。
〈ど、どうしたんだ、デイジー?〉
「何でもねぇよ、バカヤロー! ほっといてくれぇ!!」
〈……???〉
デイジーがどうしてそんな反応をするのか理解できず、デーアハトはただ真顔で困惑するしかなかった。