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「はー、これはまた派手にやられたな」
現場に駆けつけたアレックス警部は、見るも無残な姿にリフォームされたアパートを見て一言。
「……死傷者は多数。アパートの大家含め住人も数名犠牲になっているみたいですね」
「恐らく今朝開いた異界門から出てきた奴が犯人だな。そうじゃない可能性も否定できないが、そう考えたほうが気が楽だ」
「……もし違ったら?」
「13番街区だから仕方ないで済ませるしかないな」
アレックス警部の発言にリュークも危うく納得しかけてしまった。
この13番街区はリンボ・シティでも屈指の問題区。異常都市と呼ばれるこの街の中でも事件事故発生率がブッチギリの魔境だ。
「あう、あうあう、あうぉおおっ!」
「だが、爺さんみたいに目撃者の多くが空の穴から降ってきたと言ってる。まず間違いないだろう」
「おおおおおう、おおおおうっ!」
「……この人の言葉がわかるんですか? 俺には何言ってるのかサッパリなんですが」
「子供の頃から聞いてれば嫌でもわかるよ。13番街区のゴメ爺だ、結構な有名人だぞ」
「あうあうっ!」
「警部が子供の頃から13番街区で生きてるこの爺さんは一体何者なんですか」
「さぁ……何者と聞かれてもゴメ爺としか言いようがないな。ほら、危ないから早く家に帰れ」
「あうー!」
顔なじみの小太りの老人をシッシッと追い払って警部はため息をつく。
「……問題はその落ちてきた奴が、空を飛べる上に人間を即ミートソースに出来るヤバい武器を持っている事と、このアパートの住人に」
「ああーっ! デイジーちゃんの家がー!!」
警部の言葉を遮る聞き覚えのあリ過ぎる声。警部とリュークは声の方を向かないように努めようとしたが……
「え、あの人此処に住んでたんですか!? 結構、近所じゃないですか!」
「どうしよう、デイジーちゃんの家も無くなっちゃったわ!」
「あらあら」
「ねぇ、アレックスちゃん! デイジーちゃんは!? デイジーちゃんは無事だよね!!?」
テレビのニュースでも見て駆けつけてきたのか。忌々しい金髪のクソヴィッチはそんな二人の気持ちも知らずにアレックス警部にしがみつく。
(おお、神よ……)
今日も警部は神を恨んだ。
まるで何が何でも彼女と関わらせようと因果律を操作しているかの如き遭遇率。隣のリュークも思わず死んだ目で天を仰ぐ。
「デイジーちゃんは!?」
「……とりあえず遺体は確認出来てない」
「ちゃんと探したの!?」
「うん」
「本当に!?」
「アレックスちゃんの事を信じなさいよ、クソヴィッチ。君は小さい頃から俺を見守ってくれたじゃない。例えお前がどんなにクソヴィッチだろうとお前に嘘をついたことはなかったじゃないか、クソヴィッチ」
アレックス警部の小さい頃からという発言にリュークは目頭を押さえる。幼少期から彼女と付き合いがあった彼の心労を思うと涙が止まらない。
「……じゃあ、大丈夫ね。良かったぁ」
「良かったの!?」
「ここに遺体が無いってことはまだあの子は無事ってことね。早く探しに行かなきゃ」
「いやいや、結論が早くないですか!? 遺体が無いだけで無事だと思うのはちょっと早計すぎますよ! せめてもうちょっと心配してあげましょうよ!!」
「心配してるわよ。だから急ぎましょう、スコッツ君」
「……ああ、はい! わかりましたよ、次は何処に行くんですか!?」
「んー、そうねー」
先程までの取り乱しようは何処へやら。ドロシーは彼の遺体が無いと察するやすぐに気分を入れ替えてデイジー捜索に移行する。かくいうスコットもツッコミを入れつつも彼女に対応。
「……本当にお似合いだね、お前ら?」
常人ではまずついて行けないドロシーに文句を言いつつ同行するスコットにアレックス警部は皮肉げに言い放つ。
「ふふん、当然よ。だって僕達ー」
「今日もお仕事大変そうですね、警部さん! でも頑張ってください!!」
「むぐっ!?」
「リュークさんも無茶しないでくださいね! まだ若いんですから、命は大事に! では俺達はこの辺で!!」
ニコニコ笑顔で余計なことを言いだそうとしたドロシーの口を塞ぎ、スコットは彼女を抱き上げてスタスタと立ち去っていく。
「むーっ! むーっ!!」
「社長、そういうのは言わなくていいですから!」
「むむーっ!」
アレックス警部は足早に去っていくスコットの背中を見つめながら立ち尽くす。
あのドロシーをまるで普通の女の子かのように強引に黙らせる若者の姿に思考が追いつかない。
記憶が正しければ今までスコットはドロシーに手も足も出せなかった筈なのだが……
「ふふ、本当にお似合いでしょう? あの二人」
「……そ、そうだね」
「ドリーはもう彼に決めたみたいなの。彼にはまだ伝えてないけど、今度二人で指輪を見に行くそうよ」
「ほ!?」
皮肉のつもりが本当に行くところまで行っていた二人に流石のアレックス警部も動揺した。
「じゃあまたね、警部さん。新人さんも気をつけて」
「……おい、まさか本当に?」
「ええ、本当よ。結婚式にはちゃんと顔を見せてあげてね?」
満足気にそう言い残してルナも立ち去ってく。アレックス警部は感情が追いつかず、ただ目を見開いて彼女達を見送るしかなかった。
「……」
「……警部、大丈夫ですか?」
「……ああ、うん。多分……」
それから間を置かずに異常管理局の職員がやって来たのだが、アレックス警部は心ここにあらずという調子で禄に話も出来なかったという。