5
「あばあああああーっ!?」
いきなり落ちてきた鉄の塊に潰されながらスコットは1階まで落下。下の階の住人は運良く外出中だったので巻き込まれずに済んだ。
〈……〉
「と、止まった……?」
ようやく沈黙した鉄塊を見てデイジーはホッと安堵する。
〈ビガガガッ!〉
「ああああっ! チクショォーッ!!」
しかし安堵したのも束の間、鉄塊は再び暴れ出す。このままでは埒が明かないとデイジーは急いで離れようとしたが……
「こんの、やろぉ……!」
「!? え、誰か下敷きになって」
「いきなり何すんだ、コラァァー!」
キレたスコットが悪魔の腕を呼び出してデイジーごと鉄塊を持ち上げた。
「ス、スコット!?」
〈ガガッ!?〉
「こんなもん、空から落としやがって……ふざけんなよ!」
「ま、待て待て待て! ちょっと待て! まだオレがっ……」
「俺を馬鹿にするのも……いい加減にしろ、クソッタレがアアアアアーッ!!」
頭に血が上ってデイジーなど眼中に無かったスコットはそのまま鉄塊を空に向かって思いきりぶん投げた。
「はぎゃああああーっ!?」
〈ギガガァァーッ!!〉
数トンはありそうな鉄塊がボールか何かのように吹っ飛んでいく。
「ああああ、もぉぉぉおーっ! スコットのバカアァアアアーッ!!」
デイジーは両目からキラキラと輝く雫を溢れさせながら空の彼方へ消えていった……
「スコッツ君、大丈夫ー!?」
床に空いた大穴からヒョコッとドロシーが顔を覗かせる。
「……大丈夫じゃないですよ! 何なんですか、今のは!!」
「わかんない。詳しく調べる前にまた空を飛んで行っちゃったから」
「全く……あんなのが落ちてくるなんてやっぱこの街おかしいですよ! 住むところがなっちゃったじゃないすか!!」
「うーん、そうねぇ……」
ドロシーは派手にぶち抜かれたスコットの部屋の天井と床を交互に見てクスッと笑う。
「じゃあ、僕の家に来るー?」
「……えっ」
「住むところが無いんでしょ? なら僕の家に来なさい。暖かいベッドにお風呂もあるよー」
ニコニコ笑顔で魔境に誘うドロシーからスコットは咄嗟に目を逸らす。
「……」
「スコッツくーん?」
「少し、考えさせてください……」
「聞こえないよー? もっと大きな声でー」
「……絶対に嫌です! 社長の家には行きません!!」
スコットは一度迷ったが、わざとらしく聞き返してくるドロシーにイラついて断固拒否した。
「もー、素直じゃないわねぇ」
「……俺は素直な方ですよ!」
「ところでさっき誰かがスコット君を呼んでた気がするんだけど、デリバリーヘルスでも頼んだの?」
「はぁ!? そんなの頼んでません!!」
「んむむ……」
スコットには届かなかったが、デイジーの声はちゃんとドロシーには聞こえていたようだ。彼女は天井から覗く空を見上げ、まだ耳に残る誰かの泣き声を思い出しながらうーんと腕を組んだ。
「ふぇあああああっ!」
再び鉄塊と空のドライブを再開したデイジーは号泣しながら必死にしがみつく。
〈ガガガゴガガッ!〉
「うううっ! いい加減に大人しくなれよォーッ! 何なんだよ、お前はァー!!」
〈ギギギッ……!〉
鉄塊は尚もデイジーの異能力に抗い続けている。
命令に従うだけの機械と異なり、鉄の身体を持ちながら知性ある生命体であるこの鉄塊は完全には支配できない。多少、行動を阻害するか自分を攻撃出来ないようにするのがやっとだ。
「くそぅ、こうなったら一か八か……!」
このままではどうしようもないと察したデイジーはグッと覚悟を決める。
「もう二度と使いたくなかったが、仕方ねぇ!」
〈ギギッ……!〉
「お前の脳とオレの脳……繋げさせてもらう!」
デイジーの瞳が発光し、頭部に備えられたヘッドフォン型の器官が大きく展開。内部から緑色の極細コードが無数に伸びて装甲の隙間から鉄塊の内部に侵入する。
〈ガガガガガ……ガガッ!?〉
「よーし……それじゃお前の思考と記憶……全部読ませて貰うぞ!」
────ギィンッ!
デイジーの脳と直結したコードは鉄塊の脳に該当する部分に到達し、彼の中に相手の情報が雪崩のように押し寄せてくる。
(うぐぐぐっ……やっぱりキツイな、コレは! 頭が割れそうだ!!)
脳に流れ込む膨大の情報に顔を歪めながらデイジーは何とか鉄塊とコミュニケーションを取ろうと意識を集中させる。
(……! これは……っ!!)
そしてデイジーは鉄塊の記憶を垣間見た。
目に映るのは黒い野原。
写真のネガフィルムのような半透明な四角い草が生い茂る無機質な草原と空を突くような無数の細長い塔。
やがて塔の一本から爆発が起き、大地を揺らしながら塔は折れ曲がり隣の塔を巻き込んで崩れていく……
(……戦争……いや、反乱か……)
続く映像は燃え盛る市街地での戦闘。無数の鉄塊が街中で銃撃戦を繰り広げ、電子音にも聞こえる断末魔をあげて倒れていく。
中にはまだ小さな子供らしき塊の姿もあったが、すぐに穴だらけになって果てた。何かが落ちてくるような音と共に市街地は光に包まれ、敵も味方も巻き込んで全てが消えていく……
(ずっと戦っている……同族同士で。理由は、資源不足……殲滅病……個人の生存の為……)
やがて敵らしき赤い鉄塊との激しい一騎打ちに場面が移り変わる。
(怖い、怖い、怖い……戦わないと……怖い。殺さないと……殺される……)
(家族に、殺される……怖い……嫌だ)
両者とも一歩も引かぬ死闘の末、ついに赤い鉄塊に決定打を与えようとした所で彼の身体がふわりと宙を浮く。
何が起きたのかもわからないまま視界が暗転し、身動き一つ取れぬ程の猛烈な勢いで黒い穴に吸い込まれていった……
「……っ!」
〈ガ、ガガッ……!〉
「……おい、お前! オレの声が聞こえるな!?」
我に帰ったデイジーは鉄塊に語りかける。
〈ガ……ガッ、z……何、何だ! お、俺、俺に話しかけ、るな……!!〉
「オレだって好きで話しかけてんじゃないよ! だが、今はオレの話を聞け!!」
〈う、うる、うるさい……! お前も、俺を殺す、つもりだろ! アイツみたいに、俺を……!!〉
先程まで狂ったような電子音しか話せなかった鉄塊は初めて人らしい言葉を口にした。




