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「……」
スコットはルナが用意してくれた朝食にも手を付けずに俯いていた。
「どうしたの、スコッツ君? 嫌な夢でも見たの?」
「……正直に言った方がいいですかね?」
「辛いことがあったなら遠慮せずに言いなさい。我慢は良くないわ」
「どうしてルナさんが俺のベッドで寝てたんですか?」
ドロシーと二人きりで夜を越した筈が目覚めたら裸のルナが隣で寝ていた。
「? いつもの事じゃないの」
「そうね、もう慣れてくれたと思っていたのだけど……」
「いやいやいやいや! 社長も少しは気にしてくださいよ!!」
彼女がベッドに潜り込んでくる事自体はいつものことだった。だが、今回ばかりは声を大にして問い詰めざるを得ない。
「俺は昨日も社長と寝てるんですよ!?」
スコットはまたドロシーと裸で抱き合ったのだから。
ほぼ不可抗力だった前々日と違って昨日は自分の意思で彼女の誘いに乗った。そうして盛り上がった次の朝に目覚めると、相手の母親が裸で寝息を立てているのだ。
もはや気まずいとか恥ずかしいとかそういう次元の話ではない。生き地獄である。
「うん、そうねー」
「あっさり流さないで! アンタの母親だよ!? 裸の母親が男の隣で寝てたんですよ!!?」
「……ひょっとしてスコッツ君、覚えてないの?」
ドロシーはナイフとフォークをテーブルに置いて両手を組む。
「へ?」
「あら、覚えてないのね。少し寂しいわ」
「お、覚えてないって……?」
「ふふふ、覚えてないならいいのよ。気にしないで」
「ルナさん!?」
ルナはドロシーと目を合わせて意味深に笑う。いつもは心を癒やす清涼剤のような彼女の笑みが、今は見ているだけで嫌な汗が吹き出してくる。
(おいおいおいおい、無いよね? 流石に無いよね? 昨日の俺は酒なんて入ってないぞ!?)
流石にドロシーの義母で未亡人の彼女には手を出しはしないだろう。そうであってくれと自分に言い聞かせながらスコットはすがる思いでドロシーを見る。
「大丈夫だよ、スコッツ君。愛人は五人までOKだもの!」
「社長ォォォォォォー!?」
スコットの気持ちにドロシーは最悪の形で応えた。
「全然、記憶にないですよ! どうしてそんな展開になるんですか!?」
「寝惚けた貴方が私をドリーと間違えて……ふふふ」
「嘘ですよね!?」
「僕もビックリしたよ、夜中に目が覚めたらスコッツ君がルナと」
「嘘だと言ってくださいよ!!」
「大丈夫よ、スコット君」
ルナはそっとティーカップを置く。そして女神の如き神々しい笑顔を浮かべ……
「とてもいい思い出になったから」
「ルナさぁぁぁぁぁぁんん!?」
スコットの精神にトドメを刺した。
「嘘だ、そんなことぉおおおお────っ!!」
「スコッツ君、朝ご飯が冷めちゃうよ。早く食べなさい」
「うううっ、何で社長はそんなに冷静なんですか! 母親が男と寝てても何も感じないんですか!?」
「むむ……確かに少しは思う所があったけどー……」
ドロシーはちらりとルナを見た後、僅かに頬を染めて手を組んだり解いたりしながら言う。
「ス、スコッツ君はスイッチ入ると大変だから……」
「へぇっ!?」
「ルナが来てくれなかったら、ヤバかったかなって……ゴニョゴニョ」
「社長ぉぉぉぉぉ────っ!?」
ドロシーの口から発せられる容赦なき追い打ちにスコットは轟沈。咽びながらテーブルに突っ伏した。
「あらあら……」
「ううっ、うううっ! 俺は、俺は何てことを……!!」
「まぁまぁ、ルナは満足してるし。僕はもう気にしてないから元気だしてよ」
「気にしてくださいよ……!」
「どうして?」
「どうしてって……! むしろどうしてそんな涼しい顔で居られるんですか! ルナさんも! 少しは抵抗するとか、軽蔑するとかしてくださいよ!!」
「だって……ねぇ? お義母様」
「そうね、ドリー。確かに他の男の子なら私も抵抗があったけど……」
ドロシーとルナは顔を合わせ、そっと互いの手を繋いで妖しく微笑みながらスコットに言う。
「「スコット君だもの」」
二人の魔女が声を揃えて放つ本気の呪いにスコットはもう考えるのをやめた。
「うぐぐぐ……今日は一人で寝かせてください。お願いします……!」
「嫌、レンちゃんの所に行く気でしょ。行かせないよ」
「マジで勘弁してください……そろそろ心が」
『あぁぁぁぁぁぁぁ……』
「……何か聞こえてこない?」
ふとルナが耳を澄ますと外から誰かの悲鳴のようなものが聞こえてくる。
「……へ?」
「確かに、聞こえるね。何かな」
『あぁァァァァァァー!!』
「人の声みたいね」
ルナはティーカップを持ってベランダの方に向かう。
気になったドロシーも彼女についていき、食卓に一人残されたスコットはえぐえぐと啜り泣く。
「……畜生、どうしてこんな事に。いくら寝ぼけてたからって未亡人に手を出すなんて……流石に最低だ。死にたい……!」
ミシィッ……
スコットが自己嫌悪のあまり死を望んだのとほぼ同時に天井に大きな亀裂が入る。
「……ん?」
────バゴォオオンッ!
神が彼の願いを聞き届けたのか、天井を突き破って現れた巨大な何かが彼の真上に落下。
〈ビガァァァァァアアアアーッ!〉
「ああああああああああああああああっ!」
「ぐぼぁああああああああああああああっ!!?」
スコットは訳も分からず本日の異界門から現れた鉄の塊、そしてそれにしがみつくデイジーに押し潰され、ドス黒い血を吐きながら彼ら諸共階下に落下していった……