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見た目で判断してはいけません。自分のためにも、相手のためにも。
「……ァ」
リンボ・シティ13番街区にあるボロアパートの一室。
空になった酒瓶、雑に脱ぎ捨てられた衣服、ゴミの山。
足の踏み場もない部屋のベッドの上で部屋主はシーツに包まっていた。
「……ゥ……」
部屋主は掠れるような声をあげるのみで身動ぎ一つ立てない。
(……ヤバい、ヤバいヤバい。マジで身体が動かねぇ……)
いや、動けないのだ。
(くそ、燃料切れか! あーもー、燃料切れても少しくらい都合付けろよ! 寝たらちょっとは動けるようになるとかさ! 頼むよ! ちょっとだけでいいから!!)
心の中でそうボヤきながら、少しでも身体の自由が戻る事を期待したが
(……駄目だ! ピクリとも動かない! 声も出せない! 詰んだ!!)
その身体が再び動き出す事はなかった。
(うう……何でこんなことになったんだ! 本当に人生悪いこと尽くしだ! 何が人類みな兄弟だ! 誰も助けてくれなかったじゃないか!!)
部屋主はシーツの生暖かい暗闇の中でうううと悲しげに呻く。
生まれてから18年、楽しい思い出など殆どなかった。
ふと目を瞑ると込み上がるのは辛く苦しい経験ばかり。
どうして自分はこんなに不幸なのだろう……ただただ世の不平等を嘆いた。
(ああ……このまま放っておかれるのかな。声も出せないから助けも呼べない……呼んでも来るかどうかわからないし……)
(このまま……一人ぼっちで終わるのかなぁ……)
(……)
そして部屋主は動けないまま、暗闇の中で静かに目を瞑る……
(……ってそんなの嫌だぁぁぁぁー! 助けてぇー! 誰か助けてぇ! 誰でもいいから助けてぇぇぇー!!)
やっぱり諦めきれなかったのか、シーツの中でエメラルド色の瞳を見開き、ボロボロと涙を溢れさせながら助けを求めた。
(神様、仏様、イエス様、ブッダ様……)
(何なら悪魔でもいい! オレを助けてくれえええー!!)
彼が悪魔の助けを心から望んだ時、鍵のかかった部屋のドアが開かれた。
「やだーっ! 何よこの部屋! 前より酷いことになってるー!」
「はっはっは! 相変わらずひでー部屋だなぁー!」
そして聞こえてくる悪魔たちの声。
まるで年若い少女のような笑い声を上げながら、ミシミシと音を立ててそれは近づいてくる……
「もー、最低でも週に一度は掃除しなさいっていつも言ってるでしょ」
そして悪魔は彼を包みこんでいた温かな暗闇を取り払う。
「おはよう、デイジー。よく眠れた? 連絡しても返事してくれないから心配したよー」
それは正しく天使のような無邪気な笑みを浮かべ、涙目の彼に救いの手を差し伸べた……
「……社長たちは何処に行ったんですか?」
「あの子のところよ。昨日から何の反応もないから心配して迎えに行ってあげたのね」
「あの子って?」
リビングで待機しているスコットは聞く。
先程まではドロシーに昨日の出来事について教えられ、気分が消沈していたが温かい紅茶を飲むうちに少しはマシになったらしい。
「デイジー。私たちのファミリーよ」
「はーい、ただいまー」
ドロシーが笑顔でリビングに戻ってくる。
「おかえりなさい、ドリー。どうだった?」
「うん、案の定電池切れだったよ。今、アルマに燃料を注入されて元気になったところ」
「あの、社長……その電池切れって一体……」
「おーっす、ただいまー! 連れてきたぞー!!」
瞳と同じ淡いエメラルド色のセミロングに盛大な寝癖をつけたデイジーを連れてアルマが帰ってきた。
「おはよう、デイジー。調子はどう?」
「……どうも、ご迷惑おかけしました。調子は最悪です」
「そんなことねえだろー? あたしが燃料注入してやったんだから元気満タンじゃねーの」
「元気になるかい! あんなの、あんなのもう飲みたくないよぉ! 普通の飯が食べたいよぉ……ぶぇぇぇぇえっ!!」
デイジーは手で顔を覆いながら傷心する少女のように咽び泣く。
実際、その姿は可憐な美少女であり、ドロシーよりも背が高くスタイルもルナに引けを取らないくらいに抜群だった。
「わー、泣かないでデイジーちゃん! 新人君の前だよ!?」
「うぐっ、ふぐぐっ……! し、新人……??」
「ど……どうも、スコットです」
若干、顔を引き攣らせながら手を上げて挨拶するスコットを見て
「……男?」
「は? はい、そうですけど……」
「出身は?」
「アメリカです」
「人間?」
「人間ですよ!」
ブワッと滝のような涙を溢れさせ、デイジーはスコットに駆け寄った。
「うぅわぁぁああああん! やったぁー! やっとまともな奴に会えたぁぁー!!」
「ほああああっ!?」
「うううっ! オレも、オレもアメリカから来たんだよ! アメリカから来てっ……来て、こんなっ……! うぅわぁぁああああん!!」
同じ出身地のスコットに強いシンパシーを感じたのか、デイジーは彼に抱きついて大泣きする。
「お、落ち着いて! 落ち着いてください! 何か当たってますって!!」
「うああああん!」
たわわに実ったバストをぐいぐいと押し当て、子供のように泣きじゃくった。
「ちょっとおおー! ちょっと、離れて! 落ち着いてくださいってぇえー!!」
「うぐっ……、ご、ごめん。あんまり嬉しかったから……久し振りに人間に会えて」
「一体、今まで何と過ごしてたんですか!?」
「そんなの決まってんだろぉ! 悪魔だ! ここには女の皮を被った悪魔しかいねぇよぉー!!」
ドロシー達の前で堂々と失礼な事を宣うデイジー。
しかしスコットはその言葉を否定するどころか即座に受け入れた。
「……泣かないでください。ほら、ハンカチです」
「ううっ、初対面なのに親切なヤツだな……! ありがとう、ブビビビッ!」
「今、鼻かみましたね? 思いっ切りかみましたよね??」
「ごめん、かんだ。はい、返す」
「そのまま捨ててください」
「ごめん、ごめんよ……」
グズグズになった顔を何とか整え、デイジーは安心したような笑みを浮かべた。
「それにしても酷い目にあったんですね……デイジーさん」
「本当に地獄だったよ。死んだほうがマシだと思った」
「ちょっと酷いよ、デイジーちゃん。あんなに僕たちと仲良く暮らしてたのに!」
「……俺で良かったら話聞きますから。後で連絡先交換しましょう」
「ううっ! 本当に良いヤツだな、アンタ……!」
「だからもう元気だしてください。俺、女の子が泣く顔はマジで駄目なんです……トラウマで」
「あ?」
スコットが発した 女の子 という言葉を、デイジーは聞き逃さなかった。
「誰が女の子だテメェェェ────ッ!!」
「おぶぁぁあっ!?」
デイジーは上半身の捻りをフルに活かした懇親の左フックをスコットに叩き込む。
「オレは男だ! 何処をどう見たら女に見えるんだよ、コラァー!!」
たわわに実ったバストをぷるんと揺らし、デイジーはそんな事を言いだした。
chapter.4 「今が良ければオールライト」 begins....