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「どうしてあんなことをしたんだい?」
朝日の差し込む白い部屋のベッドで啜り泣く少女に眼鏡の男が宥めるように言う。
「だって……だって……!」
「彼らは何も悪いことしてないじゃないか。ただ君を心配して追いかけただけだよ、何も」
「嘘! あの人達は私を傷つけようとしてた! 私のことを、化け物だって……!!」
「……」
「私はただ、外に出たかっただけなのに……それだけなのに……!」
少女は顔を覆って泣きじゃくる。
あの大人しい少女が感情を剥き出しにして悲しむ姿に眼鏡の男は心を痛め、そっと震える肩に手を触れようとした。
「やめて!」
男の手は肩に触れる前に見えない何かに弾かれる。弾かれた手の平からは金色の蒸気のようなものが吹き上がり、ブスブスと音を立てて皮膚が焦げる。
「うあっ……と!」
「……あ……」
男が痛がる様子を見て少女の目の色が変わる。
「ち、違うの……私、そんなつもりじゃ……」
「ぐっ……!」
「大丈夫ですか、ウォルター博士!」
部屋のドアを開けて部下の研究員らしき男が駆け込んでくる。
「鎮静隊を呼べ! また彼女が暴走した!!」
「違う……私は、私じゃ……!」
「急げ! 早く」
「やめろ、イゴール」
眼鏡の男、ウォルターは心配する部下の肩を掴んで制止する。
「は……博士?」
「彼女が怖がるだろ」
そう言ってイゴールの肩をポンと叩き、ウォルターは混乱する少女に歩み寄る。
「違うの、私じゃないの! 今のは……、今のは!!」
「待ってください、彼女は暴走しています! それ以上近づいたら!!」
「私じゃなくて、あの子が……!」
「わかってるさ、リーゼ」
ウォルターは少女の身体をそっと抱きしめ、優しい声で彼女を宥める。
「ひぅ……」
「僕達が怖かったんだろう? でも大丈夫、大丈夫だ。僕は絶対に君を傷つけない」
「でも、でも……あの子が言うの。ずっと頭の中で言うの……先生は悪い人だって……」
「そんなことないさ。僕は悪い人なんかじゃない」
怯えるリーゼを放し、ウォルターはニコッと笑う。
「悪い人は笑えないんだ。ほら、僕はこんなに笑ってるだろう? だから僕は悪い人じゃないよ」
「……本当に?」
「ああ、本当だ。約束するよ、僕は悪い人じゃないし君を傷つけたりもしない。必ず君を外の世界に出られるようにしてみせる」
「約束よ……? 約束……」
「ああ、約束する」
ウォルターはそっと左手の小指を立てる。
「左手の……」
「ん、ああ。右手に怪我をしちゃったからね。気にしないで、手当をすればすぐに治るよ」
「綺麗な指輪……」
「ああ……これか」
リーゼは薬指に嵌めた指輪に興味を示す。ウォルターは一瞬だけ表情を曇らせたが、彼女に気づかれないようすぐに優しい笑顔を作って指輪を外す。
「これはね、僕の大切な人からの贈り物なんだ」
「先生の大切な人?」
「今は天国で見守ってくれているけどね。君にそっくりな素敵な人だったよ」
「……」
「あの、ウォルター博士……そろそろ」
イゴールが気まずそうに声をかける。ウォルターは腕時計に目をやるとうんざりしたような重い溜息を吐く。
「リーゼ、少し用事があるから出てくるよ」
「また来てくれる?」
「ああ、勿論。毎日来るさ、君に会えないと寂しくて死んでしまうからね」
「……ふふふっ、私も先生に会えないと寂しい」
「ははは、じゃあ僕と一緒だな。でも、君は寂しくても死なないでくれよ?」
ウォルターはそっと指輪を外してリーゼに手渡す。
「?」
「次に僕が来るまで預かっててくれ。それを僕だと思ってね」
「……うん、わかった」
「いい子だ。じゃあまたね、リーゼ」
リーゼの額に自分の額をコツンと合わせた後、彼は名残惜しそうな顔でイゴールと部屋を出ていった。
「……」
残されたリーゼはじっと指輪を見つめた後、何も言わずに自分の指に嵌める。
「うふふふっ……」
そして指に嵌めた指輪を眺めながら先程とはまるで違う不敵な笑みを浮かべ……
「自分で殺しておいてよくもそんな事が言えるわね? ウォルター」
彼女はぞっとするような冷たい声で呟いた。
その時、部屋に一際強い風が吹き込んでベッドの上の絵が床に落ちる。
ベッドの上に残された一枚の絵には羽を生やした金髪の少女と手を繋ぐ銀髪の少女が描かれ、その下に拙い字でこう書かれていた。
『You are best friend! Inlé』
あなたは最高のお友達よ! インレ
chapter.18「いつの日かなんて、決してやってこない」begins....